第6話:揺れる夜会の灯火

 夜会の広間には、絢爛たる衣装を纏った貴族たちが群れ集い、煌めく笑みと探り合う視線が交錯していた。

 音楽隊が優雅な旋律を奏でる中、美優は深紅のドレスの裾を静かに揺らしながら歩を進める。


 皇太子レオニードとの言葉を交わした直後、周囲の視線はさらに強く彼女へと注がれていた。


「……さきほどのご様子、噂とは違う」

「けれど、長くは続かないのでは」


 囁きは途切れず、しかしその声音には先ほどまでの露骨な侮りだけではなく、戸惑いと興味が混じり始めていた。


(上出来ね。少なくとも“悪女”のままでは終わらなかった)

 胸の奥で、美優としての心が小さく息を吐く。



 やがて、視界の先にヴァレリアの姿があった。

 淡い栗色の髪を結い上げた彼女は、屈託のない笑みを浮かべ、周囲の令嬢たちと軽やかに言葉を交わしている。

 幼い頃から皇太子の傍らにいた彼女の存在は、ここでも自然と輪の中心となっていた。


 ヴァレリアの視線がふとこちらに向く。


「まあ、エカテリーナ様。今宵はお加減もよろしいようで」


 にこやかな笑み。だがその奥には、相手を測る鋭さが宿っていた。


 美優はわずかに唇を緩め、柔らかな微笑で応じる。


「ええ。お心遣い、痛み入りますわ。……ヴァレリア様こそ、今宵も皆さまを惹きつけておられますのね」


 一瞬の静寂。周囲の令嬢たちが息をひそめる。

 かつてなら、この場で棘のある言葉を放ち、波紋を広げていたはずの令嬢。

 だが今、彼女の口から出たのは穏やかな社交辞令――それも、きちんと相手を立てる響きを伴っていた。



「まあ……」

 ヴァレリアは目を瞬かせ、それから微笑を返した。


「皆さまが温かく受け入れてくださるからですわ」


 緊張を帯びていた空気が、わずかに緩む。

 美優はその隙を逃さず、優雅に会釈して人垣の中へと溶け込んだ。


(ふう……まずは一歩。けれど、まだ始まったばかりよね)

 胸の奥で、再び静かな決意が芽生える。


 推しの“悪女”が破滅する未来を変えるために。


――この瞬間から、私はエカテリーナとして生きていく。迷いは消え、未来だけが白く横たわっていた。

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