第5話:夜会の幕開け
幾重もの燭台に炎が灯り、帝都の宮廷は夜会のざわめきに包まれていた。
金糸のタペストリーは揺らめく光を受けてきらめき、磨き上げられた大理石の床は行き交う貴族たちの影を映し出している。弦楽器の調べが響き渡り、華やぎと緊張が同時に広間を満たしていた。
本邸から馬車に揺られて到着した美優は、深紅のドレスの裾を整え、広間の前でそっと息を吐いた。
(……私ならできる。ここで立ち止まるわけにはいかない)
そう心に言い聞かせた瞬間、出発前の光景が脳裏をよぎる。
鏡の前で慣れない手つきで髪を整えてくれたエマ。彼女は不安げに視線を上げ、小さな声で囁いた。
「……今のお嬢様なら、皆さまにもきっと伝わります」
その言葉が、今も胸の奥で静かに力を灯している。
――そうして支えを胸に抱きながら、美優は広間へと足を踏み入れた。
⸻
一歩進んだ途端、ざわめきが波のように広がる。
「また何か仕出かすのでは……」
「ご機嫌を損ねなければよいが」
婉曲な囁きながらも、警戒と探りの色は隠せない。
それでも美優は怯まず、視線を正面へと向けた。
人垣の先には、赤銅色の髪を持つ若き皇太子――レオニードの姿があった。毅然とした立ち居振る舞いで周囲を惹きつけるその姿。その傍らには、幼なじみのヴァレリアが控えている。
やがて、レオニードの視線が美優をとらえた。
「エカテリーナ、今宵はよく参じてくれた」
その声音は、皇太子としての威厳を帯びながらも、礼を欠かぬ穏やかさを含んでいた。
美優は裾を軽く摘み、優雅に一礼する。
「お心遣いに感謝いたしますわ、殿下。……せっかくの夜会ですもの、皆さまと過ごすひとときを大切にしたく存じます」
その言葉に、レオニードの表情がかすかに動いた。
今まで見知ってきたエカテリーナの姿とは、どこか違う。
だが彼は言葉にせず、ただ静かに彼女の瞳を見返した。
⸻
周囲の視線が集まる。
“悪女”と噂された令嬢が、穏やかに振る舞うその姿。
それは確かに、これまでの彼女とは違って見えた。
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