第7話:夜会の余波
夜会を終えて本邸へ戻る馬車の中、エカテリーナは窓の外に流れる灯火を眺めていた。胸の奥に残る鼓動はまだ静まらず、広間で浴びた幾百もの視線がなお背に貼りついているようだった。
(……何とか乗り切った。けれど、立ち止まってはいられない。次にすべきことを探さなくちゃ)
言葉を選び、表情を崩さず、最後まで振る舞いを保ち通せた。これまでのエカテリーナなら必ず刺を含ませ、誰かを傷つけていたであろう場面も、今夜は穏やかに渡りきれた。だがそれを「成功」と呼んでいいのかは分からない。ただ一つ確かだったのは――もう以前の彼女ではなかった、ということ。
そんな思いを胸に抱えつつ、馬車はゆっくりと屋敷の門をくぐった。玄関に控えていた従者たちは深々と頭を下げる。その仕草は一見いつも通りのようでいて、そこには怯えだけではなく、探るような色が混じっていた。
――そして翌朝。
廊下を歩けば、すれ違う侍女や従者がひそやかに声を交わしている。
「昨夜のお振る舞い、ご覧になりまして?」
「ええ、本当にこれまでとは違ったそうよ」
以前ならただ怯え、足早に去っていった彼らの態度に変化が生まれていた。驚きと戸惑いの中に、確かな手応えのようなものが混じり始めていたのだ。
部屋に戻ると、エマが盆を抱えて入ってきた。湯気を立てる茶の香りが、静かな空間に広がる。机に茶を置いた彼女は、しばし逡巡したのち、意を決したように顔を上げた。
「……皆さん驚いていらっしゃいました。ですが、今のお嬢様のお気持ちは、ちゃんと伝わったみたいです」
エカテリーナは一瞬言葉を失った。昨夜の緊張が胸に蘇る。だがすぐにやわらかな笑みを浮かべ、静かに答えた。
「そう……なら、私は前に進んでいるのね」
その声は自分でも驚くほど落ち着いていた。
エマの顔がぱっと明るさを増す。怯えに曇っていた瞳は、いまや確信を帯びた憧れのまなざしへと変わっていた。
「はい……私も、そう思いました」
その率直な言葉に、エカテリーナの胸に温かなものが満ちていく。昨夜の努力は確かに、誰かの心に届いていたのだ。
(……あの夜で終わらせない。私はきっと前に進んでる)
茶を口に含み、胸の奥で静かにそう呟いた。
夜会の余波は、確かに彼女の未来を揺り動かし始めていた。
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氷華の令嬢―大国を背負いし悪役令嬢の覚悟― 鹿乃きゅうり @Shikanokyuri
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