第1話「現実」
曇雨晴。
天気を組み合わせたような名前の、高校三年生。
くもり、あめはるだ。くもりあめ、はるではない。
最近不登校気味だったが、夏休みに入って心は少し救われた。
平均よりやや低い身長と、目まで伸びてきた髪。
三人兄妹の真ん中で、家族仲は……やや悪い。
今まで悪いことはしていない。
得は微々だが、積んでいるつもりで生きていた。
……だが、目の前は真っ暗だ。
何も見えない、静かな空間にいた。
落下中の浮遊感は消えていた。
背中には柔らかな感触、ベッドの上だ。
横たわる姿勢から、状況を一瞬にして理解できた。
どうやらリアルに戻ってきてしまったらしい。
ネットエラーで強制ログアウトになったのだろう。
そうか。
俺は、曇雨晴は負けたんだ。
「ありえない、そんなのは」
ひどい疲労感だな。
怒るでも悲しむでもなく、ただ疲れた。
現実に戻ってきて最初に感じたのがそれだった。
「ネットエラーだって? はは、えぇ……?」
俺は学校のジャージを着た体を起こして、VRゲーム機を頭から外す。
気だるくベッドから降り、近くの机に向かった。
お目当てのスマホから、ピロリンと通知が鳴った。
暗闇の中で光るスマホを、立ったまま覗く。
そこには、仲間たちの励ましや心配のメッセージが。
「負けた。いや、無茶ではあった。仕方ないって」
誰もいない空間に、ただ思いついた言葉が出る。
俺が3年もの間やり続けていたVRMMORPG、グランドナイトオンライン。
略してGKO。
その運営のサービスが、今日の深夜2時に終了してしまう。
「いやでも、あぁそっか。……俺、負けたんだなぁ」
気づけば、その場に崩れ落ちていた。
ユーザーの俺たちは、最後のイベントであるラストダンジョンを何週間もかけて、何度も攻略に挑戦した。
その結果がこれだ。
俺は負けて、みんなの想いに答えられなかった。
今の時間は深夜一時半だった。
あと30分もすれば、あの世界へは二度といけなくなる。
「3年だ。今日まで3年か。これで終わりとか、運が悪すぎるにもほどが……」
たかがゲーム。
そう思えれば、どれほど楽か。
涙は出ない。
でもなんだ、この尋常でない悔しさは。
所詮、気まぐれで始めただけじゃないか。
ひと昔に流行ったゲームを、廃れた今になって本気で打ち込んで何の意味が、無駄を――
「もう、いいか」
気持ちを切り替えよう。
これで諦める。
いや、それしか選択肢がないのだから、潔く受け入れるのが普通なんだ。
「あ……」
立ち上がると、壁にかかったカレンダーが目に入った。
今は夏休み。
GKO以外は、まだ何もしていない。
「そういえば、進路希望調査の課題があったっけ。大学、就職とか考えなきゃいけないのかな」
未来の自分を全く想像できない。
GKOで頭がいっぱいだった。
そんなことを考える暇すらなかったと思う。
「もうやることもないし、しょうがないよなあ」
改めて自分の何も無さに気付かされる。
三年前のあの時から、オーバーキャスターという枠に囚われていたのだと。
「GKOは今日、終わったんだ。これからのことを考えるほうが有意義な……はず」
俺はスマホをポケットに入れて、ゆっくりと歩く。
部屋の扉の前に立って、そこで止まった。
ふと部屋を振り返って、見渡してみた。
この狭い自室と、あの世界に長いこと引きこもってしまっていた事実。
「俺は曇雨晴だ。オーバーキャスターは、もう死んだ」
こうやって口に出せば、踏ん切りはつくのだろうか。
ドアノブに手をかけ、扉を開けた。
その時、激しい光が俺を包み込んだ。
『くだらない現実など、貴様の偽装で覆してやるのだ』
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