第0話「仮想・後」
『
空中に文字が大きく浮かび上がった。
同時に、後ろから退路の崩れる音がする。
腰にある剣を引き抜き、もう一歩前進。
『――よくぞ、参った』
座っていたモンスターは、ゆっくりと顔を上げた。
人外だ。頭がトカゲ、いやドラゴンか?
鋭い眼光と、並ならぬ風格を持ち合わせていた。
『我が剣は、騎士の誇りを削り斬る死神と知れ。難攻不落の絶技、最奥の試練を、己が力で打ち破ってみせるがいい』
それらしい口上だな、威圧感も申し分ない。
モンスターは玉座から立ち上がり、どこからともなく巨大な剣を呼び出した。
ズシンと地鳴りを立てて、奴が身にまとう漆黒の鎧は禍々しさを増す。
「……キングオブ、ナイトスレイヤー? さすが大層な名前してるよ。そういうの、大好き」
自然と笑ってしまっていた。
俺の容姿と対を成したようなコイツを、ねじ伏せたいというこの欲求が抑えられない。
「サ終に相応しい戦いを。青春と時間を生け贄にした、俺という存在を思い知れッ!」
雄叫びと共に動く。
全能力が超アップされた、本気の走り。
ナイトスレイヤーは大剣を軽々と地面に斬りつけている。
複数の真空刃が飛んでくる。
「ッ! 速――」
今までにない疾走感だ。
風を切り、その音で耳が聞こえづらい。
真空刃を躱しながら、奴との距離を縮めていく。
小手調べだ、真正面から斬りつけてやる。
「ふッ!」
近づくまで動いていなかったはず。
だが、俺の剣は奴の大剣に防がれている。
「ぐッ!?」
なんて力だ。
迫り合うこともできずに、後ろへ弾き飛ばされてしまった。
機敏で正確、それでいて頑丈ときた。
奴の頭上にあるHPバーは、ミリも減っていない。
「……流石ラスボス、倒しがいがっ!?」
仕切り直そうとしたのも束の間。
すでに、目の前にナイトスレイヤーが迫っていた。
振りかざされる大剣。
「あっぶねぇなぁ!」
なんとか横に飛び出る。
大剣は勢いよく叩きつけられ、地面を激しく揺らしていた。
最大限に向上したステータスをもってしても、ナイトスレイヤーは俺の動きを捉えている。
それもそうか。本来はガチガチのパーティを組んで挑むべき相手だ。
「俺は、オーバーキャスターだ。……負けられない、この戦いだけは絶対に!」
仲間たちは死んだ。
ここにいるのは俺だけなんだ。
脳で考えず、経験と感覚で動くしかない。
未だかつてなく最強のこの俺が、真正面から叩き潰すしかないってことだ!
「はあッ!」
地面を蹴った。
脳の処理を置き去りにした速さで剣を振る。
奴の鎧を斬り裂き、直接ダメージを叩き出す。
電子の粒子が宙に舞う。
いいぞ、動けている、戦えている!
「こい! ぜんぶッ!」
ナイトスレイヤーは咆哮し、恐ろしい気迫で反撃してくる。
大剣の一、二撃目を当たる寸前で躱した。
研ぎ澄まされた感覚。
三撃目、四撃、五――。
凄まじい速さの連撃、その全てを回避する。
なんて軽やかなんだ。
怒涛の8連続回避。
回避するたびに、奴の体を斬り刻む。
少しずつだが、確実に体力を減らせている。
俊敏なナイトスレイヤーに合わせて、向かってくる攻撃をいなし、このフィールドで柔軟に動き回る。
俺の勝利条件は、初見で完璧に対応すること。
不可能に近い。だが今の俺ならできる。
ジャスト回避とパリィで凌ぎ、カウンターに繋げる!
「今だッ!」
激しい攻撃の終わり際に、鋭い突きを放つ。
奴の胴体へモロに食らわせて、体力を大きく減らした。
運に任せるんだ。
ゲーマーズラックを引き出せ、リアルラックを手繰り寄せろ。
繋げる形で回転斬りを食らわせ、即座に身を引いた。
奴のHPバーは、これで半分を切った。
イケる。絶好調にもほどがある。
普段なら絶対に出ないスーパーダメージ。
そしてボス相手に余裕のある動き。
なんて、気持ちいいんだっ!
「おいおい、案外大したことないな!」
切り札の『アレ』を使えば、おそらく決着する。
もう少し体力を削ってから使いたい。
だが、このままでは詰んでしまう。
それにスキルのバフ時間が終わると、そこで実質のゲームオーバーなんだ。
残り時間は3分ってところだろう。
「そろそろ、必殺の一撃を――ッ!?」
デタラメな速さだった。
先ほどの攻撃より速い、対応できない。
急接近した勢いを利用した、左切り上げの大剣が迫る。
「クソッ!」
寸前で躱そうとした。
だが、わずかに剣先が胴体に触れてしまった。
今のでHPバーの4分の1が削れた。
掠っただけで、このダメージ……。
「――ぐはッ!?」
鈍い音がした。
ナイトスレイヤーの剛腕から繰り出される拳。
俺のみぞおちにメリメリと打ち込まれる。
間違いなく、痛いだろう。
痛みを錯覚させるほどのリアリティだ。
この体の硬直は、脳が痛みだと誤認しているからなのだろうか。
「……ごぉっほ……」
強烈なアッパーを喰らった。
揺らぐ視界には、数秒前に立っていたはずの地面が見えていた。
そして、ナイトスレイヤーが跳んだ。
あぁ、追撃がくるんだ。
天に落ちる勢いはどうにもできない――。
「がはっ!?」
空中でドォン! と斬り落とされた。
地面に叩きつけられ、無様に転がる。
俺のHPバーは、ミリ程度だがかろうじて残っていた。
「……調子に、乗るもんじゃ、なかったな」
奇跡、だな。即死していてもおかしくなかった。
それほど、奴の全ての攻撃には重みがある。
油断した自分に腹が立つ。
風前の灯ながらも、膝をついて体を起こす。
『――破天、執行』
「……マズイか?」
次がくる。
地に降り立ったナイトスレイヤーは、大剣を天に掲げて黒く光らせる。
滲み出るオーラと不気味な音が、この城全体に広がっている。
これは、ただの攻撃じゃないだろう。
あの溜めのモーションからして、おそらく周囲を薙ぎ払うような範囲攻撃か。
タンク職の防御スキルで受け止めるべき大技がくる。
「でもまあ、それを待ってたよ。逆転のチャンス」
まさに今なんだ。
奴の大技を防いで、かつ最強のカウンターを喰らわせられるチャンスなのは。
そんなことを可能にする、切り札の出番がきた。
「『クイックチェンジ』、叢雲」
短く唱えると、システムが稼働する。
俺の手にあった剣は収納され、別の武器が現れた。
これぞ俺の主力とよぶべきモノ。
見た目は、一本のボロついた刀だ。
騎士っぽい姿の俺には、あまり似合わない武器だが――
「妖力解放、魔天モード」
必殺コマンドのようなものだ。
ガチャン、という音が鳴る。
刀の鞘を捨てて、その刀身をあらわにした。
見た目通り、錆びついていて刃が欠けている。
『清廉を破却。善悪の一切を無情へと導かん』
ナイトスレイヤーが力を溜め始めた。
刀を手にぶら下げ、歩く。
おそれないで、一歩ずつ近づいていく。
『我は騎士を屠る者。その魂、叫ぶ間もなく葬り去られよ』
「いいや……終わるのはお前だ!」
ナイトスレイヤーの目の前だ。
体の無駄な力を抜いて、心を冷静に。
俺の言葉に反応したのかは知らないが、ナイトスレイヤーは声にならない咆哮をあげた。
大剣が倒れてくる。
あまりに速い。逆にゆっくりだと錯覚するほど。
全てを呑み込むようなその一撃が、俺の顔の前に。
――衝撃が走った。
解き放たれた膨大なエネルギーがダンジョンの全域を巡り、命ある全てを散らすように爆裂する。
なるほど、これは耐えられない。
高レベルのタンク職でも、簡単に消し飛ばされる威力があったんじゃないだろうか?
だが、俺は生きている。
これこそが、この刀の真髄。
俺の体は、紫色の霧のような状態に変化していた。
ダメージは一切喰らっていなかった。
そして、霧状態は解除される。
『――ッ!?』
その驚いた顔が見たかったんだ。
体が再構築され、霧の中にあった大剣が、バチンッと外へ弾かれた。
力がみなぎった。
白一色だった俺の装備は、紫紺の輝きに染まる。
ボロボロだった刀も、新たな刃を揃えて激しく光る。
「……最強の反撃、出来上がりだ。さっきの上乗せして、お返しするよ」
ナイトスレイヤーを真似るように、刀を両手に持って空へ突き立てる。
ステータスアップ効果も、もう切れるだろう。
ギリギリ、だが完璧だ!
長きに渡る冒険は、この超短期決戦で幕を閉じる。
「最終ダンジョンソロ攻略、これにて決着ッ!」
笑いながら、高らかに言った。
ナイトスレイヤーは大技後の硬直で動けずにいる。
この揺らめく紫の輝きを、一振りで全て放出する!
「喰らえ、魔天の――」
刀を振り下ろそうとした。
ピコン。
なんだ?
頭の中で、そんな1つの電子音が鳴った。
実に気が散る音だった。
そして俺の視界いっぱいに、ある一文が表示される。
《ネットワークエラーが発生しました。通信状態を確認したのち、再度ログインしてください》
「……は?」
マヌケな声が出た。
意味がわからない。
う、動けない。体がまるで岩のようだ。
刀を振り下ろせない。
指の一本すら、動かせない。
これはまさか、非常事態用のフリーズ――。
ドンッ。
「あっ」
フワッとした。
視界がエラーメッセージで遮られて見えなかった。
殴られる衝撃と、宙へ飛ばされる感覚に襲われる。
……早く、地面につけよ。
いつもより長い落下時間、これは、ステージ外の奈落へ落ちて――。
メッセージは視界から消え、目の前が真っ暗になった。
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