第2話

「ふふ、見てよ、あれ」

「あれが噂の『神殿の豚』ね」


 聞こえてくる遠慮のない悪口にロゼ・ハーネットは声のする方向を睨みつける。

 すると、悪口を言っていた者達がビクッと驚いたように肩を揺らし、そそくさとその場を後にする。


 私だって、別に好き好んで太ったわけじゃないわよ。


『どうやったらあんなに太れるの?』

『他の聖女様達はスラリとしていて、とても美しいのに』

『他の聖女達に仕事を押し付けて、全く働かないんだと』

『怠惰だから豚のように太るんだろ』


 聞こえてくる誹謗中傷は自分に向けられていることを理解し、ロゼ・ハーネットは溜息をつく。


 胴回りは細い聖女の三人分で全体に万遍なく脂肪が付き、ブヨブヨとした身体、顔回りは顎と首の境目が分からないほどふっくらしていて、指はまるで極太のソーセージのよう。


 スラリとした聖女達が大勢並ぶ中でロゼは自分が『神殿の豚』と呼ばれるに相応しい容姿である自覚があった。


 唯一、人よりも美しいと言えるのは緩く波打つ長い髪だが、このストロベリーブロンドの髪も豚扱いされる理由の一つになっている。


 ロゼは自分への悪口を聞きながら、聖女達と並んで中央広場の女神像を取り囲むように立ち、歌唱の準備を始める。


 ここは三人の女神によって創られたシェルベルク国。王都ステンディアの中央神殿に程近いコスランド広場だ。


 その昔、シェルベルク国は魔物の脅威に晒されていた。王都には魔界へと繋がる亀裂が無数にあり、そこから人間界に多くの魔物が侵入し、人々を襲った。


 三人の女神達は協力して魔界へと繋ぐ入口を封印し、自分達が柱となり、瘴気の浄化と巨大な亀裂の封印することで魔物からこの国を守った。


 三人の女神の墓は辺境の伯爵家が墓守として管理し、結界の維持を行うことで魔物の外的な侵入を防いでいる。


 このコスランド広場には女神達が封印した中でも最も大きな亀裂がある場所で、中央神殿の聖女達は月に一度、この『女神の日』に聖歌を女神達に捧げなくてはならない。


 聖女達は女神の使徒で、聖力を持ち、その力は歌唱で最も強く発揮される。


「では、鳥の章、第一番を我が女神達に捧げましょう」


 広場まで聖女達の先導をしていた神官が言うと、広場に集まった見物客達が湧く。


「聖女様達の歌をこんな間近で聴くことができるなんて!」

「女神に感謝を!」


 神聖な力を持った女神の使徒で特別な娘達、それが聖女だ。特別な娘達はどこにいても丁重に扱われ、民の前に出るだけでも感謝される。


 聖女が歌う歌は特別で『鎮魂』、『祈祷』、『浄化』、『結界』の力があり、『女神の日』に歌うのは聖歌の『鳥の章』で聖女全員の歌唱は一番から五番まである中の一番目だ。


 一番目が最も聖力の消費が少なくて済み、五番目が最も聖力の消費が激しく、難しいとされている。しかし、効果は弱い。


 ロゼは広場の空を見上げた。そして眉根を寄せる。


 明らかに脆くなっている……。


「お待ちください」


 ロゼは歌唱に入る寸前のところで声を上げる。

 すると、神官や周りの聖女達から侮蔑の視線を注がれる。


「…………何か?」

「歌唱は月の章にすべきです。第一番ではなく、少なくとも第三番の歌唱が必要かと」


 聖女が歌う聖歌には力が宿る。花の章は鎮魂、鳥の章は祈祷、風の章は浄化、月の章は結界の力を持っている。


 三人の女神は地上にある巨大な亀裂を封印している。亀裂はその封印が解かれれば王都を中心に三方向へと広がり、小さなこの国を断裂するだろうと言われているほど巨大なものだ。


 国王はその封印が脅かされぬように、深い亀裂のある王都全体を覆う結界を張るように神殿へ命じ、歴代聖女達は女神達の封印を補助する役割として王都の結界を張り、それを維持してきた。


 上空に見える脆くなった結界を見れば、今ここで必要なのは民の幸福を願う祈祷ではなく、結界の強度を持たせることだ。


 しかし、神官も聖女達も呆れ顔でロゼの意見など聞く耳持たない。


「また豚よ」

「たまに外に出ればそうやって目立ちたがる」

「普段は何の仕事もしないクセにね」

「こういう時だけ出しゃばって足を引っ張るのはやめて欲しいわ」

「仕方ないわよ、豚だもの。みんなと足並みなんて揃わないわ」


 聖女達の陰口はいつものことだ。ロゼが何かをするだけでもおかしいらしく、クスクスと笑う声が消えたことはない。


 ロゼがギロっと声がする方を睨むと、その迫力からか、聖女の一人はブルリと恐怖で身体を震わせて涙目になってしまう。


 泣くくらいだったら最初から黙っていれば良いのよ。

 ロゼは心の中で吐き捨てる。


「迷惑な上に、性格も悪いって本当だったんだな」

「見た目だけじゃなく、心まで醜いとは」


 聖女達だけじゃなく、見物客からも自分を批難する声が聞え、ロゼは溜息をついた。


 いつの間にか民衆にも『神殿の豚』の噂は広まっており、毎月毎月、この場所へ来る度に見世物になっている。


 性格は良いとは言えないので返す言葉はないが、『喧しい』との意を込めて視線を飛ばしておく。


「予定通り、鳥の章の第一番を歌唱します」


 神官が仕切り直したように言う。


 視えてないのね。あの脆くなった結界が。


 聖力で張られた結界は聖力がなければ視えない。

 ロゼの進言など気にも留めず、歌唱の体勢に入った。

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『出荷された』聖女ですが、呪われた辺境伯のために本領を発揮します 千賀春里 @zuki1030

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