『出荷された』聖女ですが、呪われた辺境伯のために本領を発揮します

千賀春里

第1話

『…………必要かどうかは分かりませんが、恋人でも愛人でも、どうぞお好きなように』


 出会ってすぐ、夫となる人から聞かされたのは『男遊び』を公認する言葉だった。


 その時は衝撃を受けて何も言い返すことはできなかったが、あの時に戻れるなら『そんなことできると思うのか?』と間違いなく言い返している。


 大きな教会内は辺境の伯爵と聖女の結婚式だというのに空席が目立ち、神父と夫となる人物が待つ場所まで白いシーツのような衣装を纏い、一人惨めに歩く。


 明らかに祝福ムードではない教会内の空気は冷え切っていて、少ない参列者の蔑むような視線が容赦なく全方位から刺さり、逃げ出したい衝動に駆られる。


 そんな視線の中、重たい身体をズルズルと引き摺り、ようやく夫となる人の側に来ることができた。


 結婚式お決まりの神父の口上を右から左へと聞き流し、指輪の交換だが、その指輪というのがまるで牛の鼻輪のような大きさなのだ。


 仕方ないのだ、世間の女性達の華奢な指と違って自分の指はまるで極太のソーセージのように太いのだから。


 自分に比べて夫となる人物の手は白くて大きくて、骨張っていて、厚みや皮膚の硬さから苦労と研鑽を感じられる手をしていた。


 蔑む視線の中に混ざる嘲笑に何とか耐え、指輪の交換を済ませる。


「誓いのキスを」


 神父の言葉に目の前のベールがゆっくりと上がる。


 こんなに近くで見る機会ってないわね。


 頭から生えた二本の立派な角、少し吊り上がった紫色の目、ツンっと前を向いた鼻、首まで黒い毛で覆われた山羊が自分を見下ろしている。


「こんなことにさえなければ、エリーゼ様と結婚できたというのに」

「仲睦まじいお二人でしたのにね」


 歩いている最中、わざと聞こえるように誰かが言った。


 私にそんなこと言われても困るんだけど。


 まるで、自分が婚約者から無理矢理奪った悪女みたいではないか。


 全然違うし、私だって結婚するなら理想の形があった。


 仕立てた自分好みのドレスを着て、少ない友人を招き、見習い聖女にドレスの裾を持って貰いながら、親代わりであった人と夫となる人の元へ歩く。


 相手の男性は小説や歌劇のような情熱的な恋や愛がなくても、少なくとも気持ちが通じ合った人が良かった。


 思い描いた理想と現実には天と地ほどにも違うのだということを思い知らされた。

 

 正直、こんな自分を娶ることになった彼には心底同情する。


 国中探せば、もっと見た目も性格もマシな女性と結婚できだたろうに。


 同情はするが、自分だってこの結婚式は不本意だ。文句は言わないが、言わせもしない。


 ベールが上がりきり、山羊の顔が徐々に近付くとその迫力に自然を目は閉じることができた。


 ちょんっと触れるだけのキスは相手からの気遣いか、それともこんな自分に触れるのが嫌だという気持ちの表れか。


 互いに手を取り合い、参列者に向かって小さく頭を下げる。

 形ばかりの拍手と気持ちばかりのオルガンの音の中で誰かが囁いた。


『山羊と豚、醜い家畜同士の結婚』である、と。

 

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