第二章:避難所の静かな女神
数日後、亮介は自宅マンションが危険区域に指定されたため、近くの小学校の体育館に設けられた避難所に身を寄せていた。冷たい床、大勢の人の息遣いと不安の匂い。彼は体育館の隅で膝を抱え、ただ時が過ぎるのを待っていた。建築家としての知識も、今の自分には何の役にも立たない。無力感が、重く全身にのしかかる。
そんな彼の目に、一人の女性の姿が留まった。千歳、と名乗るその女性は、30代後半だろうか。派手さはないが、凛とした空気をまとっていた。彼女は泣きじゃくる子供の頭を静かに撫で、不安げな老人の話を黙って聞き、配給の列を乱すことなく、常に誰かのために動いていた。その姿は、混乱と喧騒の中にあって、異質なほど穏やかだった。
ある夜、余震の恐怖で眠れずにいると、千歳が小さなハーブの鉢植えにそっと指を触れているのを見かけた。すると、萎れかけていた葉が、かすかに生気を取り戻したように見えた。幻覚だろうか。だが、彼女が通り過ぎた後には、いつも不思議な安らぎの空気が残る。亮介は、非科学的だと頭では否定しながらも、彼女から目が離せなくなっていた。この極限状況の中で、彼女だけが別の理で生きているかのようだった。
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