四月十六日(土)
九時に藤森が車で迎えに来てくれた。
「久しぶり」と言って黒のランドクルーザーの助手席に乗り込んだ。
「これ誰の車?」という僕の問いに藤森はハンドルを右手だけで回しながら、「俺の」と答えた。少し間をあけて、「中古でローン。田舎じゃ車くらいにしか金かけることが無いし」と言った。
藤森は高校を出て地元の農協で働いている。どんな仕事内容なのか聞いたことは無いが、大体の想像は出来た。藤森に会うのも二年と少し振りだった。少し太った気がする。顔が丸くなり、ちょっとぼやけた印象になった。
お互いスーツがあまり似合っていない気がする。普段着ることの無いスーツが着こなせる日は来るのだろうか?
天気は晴れ。結婚式に雨が降らなくて良かったな、と言い合った。
式場に着くと懐かしい顔がたくさんあった。
今回、結婚するのは高校の軽音楽部で一緒にバンドを組んでいた城内という友達だ。ベースは下手くそだったが、舞台度胸と演奏している姿はピカイチだった。男前ではなかったが女にはもてた。出来ちゃった結婚で、急遽、式を挙げることになったのだ。計画性が無いところが相変わらずだな、と皆で笑いあった後、受付を済まし式場に入った。
結婚式は予定通り十時から始まった。
花嫁は予想以上に美人だった。
結婚式の次は披露宴だった。聞く話によると四百万円以上の費用がかかっているらしい。
進行の合間に席を立って色んな人と話した。去年、交通事故で死んだ大森の話も少し出た。死んだ人もこうやって時々甦る。皆と今回の地震についても話した。
やはりここでも時間が流れていることに気付く。同級生だった女子が揃って綺麗に着飾っていた。似合ってないスーツを着ている自分が恥ずかしく思えた。
その後に行われた二次会も大いに盛り上がった。
夜行バスで帰らないといけなかったので、三次会には参加出来なかった。
関市役所から高速バスに乗り込んだ。このバスにはトイレが付いているので東京までサービスエリアに寄ったりはしない。タバコを吸えないのが苦痛だな、と少し思った。
暗い車内でぼんやりと考えごとをする。唯香のことが頭に浮かんだ。彼女は今、何をしているのだろうか?
昨日から考えていることがある。
もしかして唯香はそのうち人間として復活出来るのではないか?
もし仮に、僕の前でしかその姿が見せられなくてもそれで構わないと思ってみる。例えば、僕は一生、唯香を自分の住む場所に囲い続ける。そのうち唯香のイメージする力が成長して食事も一緒に取れるようになるかもしれない。そんなふうに考えてみる。
夫婦としての二人を想像する。子供は作れないが一緒に年を重ねることは可能ではないだろうか。僕が年を取るスピードで彼女も年老いていけば良い。彼女はイメージで何とでもなるのだ。
僕は知っている。彼女は生きたいのだ。お笑い番組を観ても彼女が全然笑っていなかったのを見て僕は思った。思い詰めた彼女の顔がそこにはあった。お笑い番組を観て笑えないくらい悲しいことは無い。
唯香が僕の部屋に来てから常識なんてものはとっくにない。
何が起こってもおかしくはないのだ。
僕があの世に行く時に唯香も一緒に行けば良い。そうすればあの世でも一緒だ。
眠たい頭でそんな想像をしながら、東京に向かう夜行バスの時間を過ごした。
朝、アパートに帰ってくると笑顔で唯香が迎えてくれた。
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