第23話 弱者の戦い エクストラ
白亜は我が目を疑った。
目の前で繰り広げられている光景は、およそこの世のものだと思えなかった。否、実際に起きているものと信じたくなかったのだ。
凄まじい爆音と地鳴りで目を覚ますと、最初に感じたのは口中に広がる血の味と、それから全身に走る激痛だった。
意識を失う直前、異形の金目を見た。
無様にも感情の抑えが効かなくなり、隙を晒してしまった。思い出すだけで羞恥で消えてしまいたくなる。
受けた一撃を思い出す。
「綾瀬さんは――」
辺りは惨憺たる有様だ。
地面もビルも塀も原型を留めていない。一体何をどうすればこんなことになるのか。まさかこれに巻き込まれたのでは。
いや違うと否定する。
道隆が死んだのなら、こんな状況にはならない。それに白亜が生きているのもそうである。状況だけ見れば、道隆が自らを囮にしたことは明白だ。あれはそういう人間だと、白亜は知っている。
――ではあれは。
遠くに見えるオレンジの明かり。舞い散る火の粉。爆音の爆心地はあれであることは考えるまでもない。
何がどうなっているのかと、白亜は破壊の痕跡を追って駆け出す。酷く体が痛んでうまく走れない。
よろめきながら走り、自宅マンションの通りに戻ると、凄まじい熱波で目を焼かれた。目を細めながら明かりの方に目を向けると、そこで我が目を疑う光景を見たのだ。
燃え盛るガソリンスタンド。
明々と照らされた崩壊した街並み。
ズタズタになった、異形の巨大な金目。
そしてそれに突進する道隆。
「あや――」
声を投げるより前に道隆は金目の一撃に叩き潰され、白亜は小さく悲鳴を上げた。
白亜のいる場所までまだ五十メートルはある。それでもその衝撃と爆風は白亜の全身を骨の髄まで揺さぶった。周囲の崩壊しかけていた建物はそれで完全に倒壊した。
デタラメにも程がある。平時の白亜でも太刀打ちできるか分からないほどの化け物だ。
だが、白亜はさらなる衝撃に打ちのめされた。
金目の一撃を受けた道隆は無傷で立ち上がり、さらに金目に向かっていく。金目はそれをさらに叩き潰す。これを延々と繰り返し、道隆は金目に肉薄する。
常軌を逸している。
狂気の沙汰だ。
「なんてことを――いけません綾瀬さん!」
痛む肺を無視して枯れた声で叫ぶが、そのような頼りない声が届く距離ではない。
駆け出そうと足に力を入れた途端に電流のような痛みが走り、膝が折れる。こんな有様では到底間に合わない。
「いいところを見逃したな。あの大立ち回りを最初から見せてやりたかったぜ、奥村白亜! あの野郎、とんだ大馬鹿野郎だ!」
白亜のマンションの方から心底愉快そうな声がした。
「あの間抜け面完全にイカれてやがる! お前なんぞより何倍も見込みがあらあ!」
「黙ってて!」
白亜は泣きそうな、悲しそうな、不安そうな――色んな感情が入り混じった複雑な表情で、道隆と金目の攻防を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。
道隆は跳躍すると銀の刃をを金目に突き刺した。
金目はまるで断末魔のように黄金の光を激しくする。全身から噴き出す煤が火の粉に混じり、この世の終わりのような光景を作っていく。耳障りな音を鳴り響かせながら金目は倒れ、その瞳からは完全に光が失われた。
――倒した。
常人に金目を倒すことなど不可能だ。
それも、あのような異形の特殊個体。
にも関わらず、道隆は倒した。
それもたった一人で。
「嘘……」
白亜は呆然と絶命した金目と道隆を眺める。
灼熱に揺らめく二つの影の結末が、白亜の体も思考を麻痺させた。いつまで待っても、それが現実のものだと情報が帰結しない。
「呆けている場合か間抜け」そんな白亜に呆れたような言葉が投げられた。「あいつが動いてないのが見えねえのか? 俺は一向に構わねえが、このままだと本当に取り返しのつかねえことになるぞ」
声にハッとする。
金目の上の道隆は金目の上から動かない。微かに呼吸しているようには見えるが、意識を失っているのは考えるまでもない。
白亜は我に返り、血相を変え、灼熱に向かって頼りない足取りで走り出す。
「綾瀬さん……綾瀬さん……っ!」
――これ以上死んではいけない。
白亜は痛む体を引きずり、必死に金目の死体の元へと足を急がせる。
「でないと、あなたは――」
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