第22話 弱者の戦い4

 道隆は一歩踏み込んだ。


 即、再び金目の足が上がり、即座に道隆の体を粉砕した。


 だが、道隆はまたも、潰される前と全く同じ姿のまま金目の足の下から立ち上がる。そして走り、さらに金目との距離を詰める。


 金目は二度、三度と、稲妻のように足を降らせるが、道隆はその都度立ち上がり、まったく死ぬ気配もなく突進する。


 否、道隆は間違いなく死んでいる。その体は跡形もなく粉砕されている。粉砕されているのに、直後にその直前の姿に回帰する。まるで、死そのものを否定するように。


 金目と道隆の力の差は歴然である。

 瀕死とはいえ、金目の力はただの人間を遥かに凌駕する。道隆は、ごく平凡な、人間としての平均値の能力しか持っていない。

 叩かれれば潰れるし、払えば吹き飛ぶ。その程度の存在だ。


 そのはずなのに、死なない。殺すことができない。

 大地を割るほどの一撃を受けてなお無傷で立ち上がり、向かってくる。


 その顔に――狂気的な笑みを浮かべながら。


 本能によるものか、金目は後ずさる。それは怪物が人間に抱くはずのない感情――恐怖によるもの。ならば一体、怪物とはどちらを指すのか。


 道隆は喉が裂けんばかりに咆哮し、視界を覆う黄金の瞳に狙いを定め、己をただの一本の矢として跳躍する。

 両手で銀の杭を握りしめ――


「――っああああああああああ!」


 ――全腕力、全体重をかけて、銀の杭を黄金の瞳へと突き立てた。

 金目は声もなく悲鳴を上げるように金属音をかき鳴らし、黄金の色を激しく明滅させる。道隆を振り払おうとのたうち回るが、道隆は全身全霊の力でさらに杭にしがみつき、さらに食い込ませる。


 見開いた目からはあらゆる水分が吹き飛んだ。

 どれほどの体温に達しているのか、汗も血も蒸発する。


 杭の刺さった場所を中心に、瞳に亀裂が走る。そこから黒い煤が血のように噴き出した。


 金目は仰向けに倒れ、尚も暴れる。

 足が周囲をデタラメに破壊し、切れかけていた足は千切れて吹き飛び辺りの建物を何もかも破壊する。


 瓦礫が降り、地響きが響き、砂塵が舞う。


「くた……ばれええぇっ!」


 奥へ、奥へと、さらに杭を突き刺す。

 バキバキと亀裂が瞳から全身へと渡っていく。

 足の先にまで亀裂が走ると、全身から煤が吹き出て辺りの景色を真っ黒に染め上げた。


 最後に、一際黄金の瞳が強く瞬いた。

 そして徐々にその光は失われ、完全に消えると、金目は完全に沈黙した。


 道隆は絶命した金目の上から動くことが出来なかった。金目に杭を突き立てた状態で制止し、微かに肩を上下させるのみである。


 ガソリンスタンドの方からさらに爆発音が鳴る。火は消える気配がなく、周囲の建物に延焼し、さらに辺りを明るく照らし地獄のような景色を作り上げていく。


 すでに辺りの気温は70度を超えている。それだけで命に関わる環境だ。今すぐにその場を離れなくてはならないのだが、道隆は動かない。動くことができない。すでに思考も停止している。


 ただ、目の奥にちらつく黄金色の光を眺めている。


 燃え盛る炎に包まれながら、道隆の意識は完全に途絶した。

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