第15話 犯罪談義
笑い合う二人を見ていると、ふと、道隆は二人に聞いてみたいことを思いつく。個人的な相談である。
総司も香子もそれなりに変わり種である。何か良い考えが聞けるかもしれないと、道隆は「ちょっといいですか」と声をかけた。
「これは例え話なんですが」そう前置きして、続ける。「友達が万引きしているのをたまたま見てしまって、それを警察に言って、友達が逮捕されたします。でも実は、友達は万引きなんかしておらず、棚から落ちた商品がたまたまバッグに入っただけだったんです。このとき、間違った証言をした自分は、どうすべきと思いますか?」
「突然どうしたのミッチー。友達逮捕させちゃったの?」
「だから例えばの話ですって。思考実験とでも思ってください」
「そういうことなら、遠慮なく言わせてもらおうかな」乗り気な総司は笑みをうかべながら言った。「結論から言うと、その通報者は何もする必要はない」
「何も……ですか?」
そうともと総司は浅く頷く。
「まず、犯罪行為と疑われる行為を目撃したのなら警察に通報する。これは国民の義務だよ。だから、通報した人――Aくんとでも呼ぼうか――は何も悪いことはしちゃいない」
香子は眉間に皺を寄せる。
「でも、勘違いで無実の人を逮捕させてるのよ? それでも悪くないの?」
悪くないねと総司は即答した。
「通報して逮捕されたとして、その結果犯罪行為があったかどうかを判断するのは警察や司法の仕事だよ。一般人のAが責任を負うべきものではないし、間違った通報をしたら悪だなんてそんな社会、僕はやだな。極論、そんなことを許せばこの世はあっという間に無法地帯だ。だって誰もが犯罪をみて見ぬふりするようになるんだから」
はあと、香子ら頬に手を当ててため息をついた。
「やけに壮大なお話ねえ。ミッチーが聞きたかったことって、こういうことなの」
「……別に、思考実験なのでどんなものでもいいんですよ」
言うまでもないが、この話は道隆の状況を置き換えた話である。動きたいが動けないという道隆の心理を、何か解きほぐすきっかけがありはしないかと思っての話だった。
総司の話は、しかし何もする必要はないというものだった。しかも、かなり理に適ったものである。瞬時にこの答えを導く辺り、頭の回転が早いのであろう。
「悪いけど、私は総司くんの話は受け入れられないな」
「ほほう。それまたどうして?」
総司は香子に向かって身を乗り出す。
「総司くんの話はよく分かるよ。正論だと思う。でもさ、何か機械的で冷たいんだよね。人には心があるんだよ?」
「感情で左右される社会は、一見すると優しそうに見えるけど不健康だと僕は思うな」
「感情が蔑ろにされる社会が健康優良とも思えないけど」
「それなら香子ちゃんは、このAくんはどうすべきと思う?」
「そうねえ……」思案するように目線を上げ、香子は答えた。「まあ、まずは謝るべきよね。全てはそこからでしょ」
「謝る?」
道隆は無意識にオウム返しに繰り返した。
「Aくんに悪気はなかったのかもしれないけど、そのせいで酷い目にあったのなら、ちゃんと謝らないと。謝って、どう償うか考えるべきだわ」
「自己満足だね。僕なら絶対に許さない」
香子は口を尖らせる。
「何よ。Aくんは悪くないんじゃなかったの?」
「社会的には悪くないけど許す許さないは僕の勝手だ。就職に影響が出たらどうしてくれる?」
「そう言えば就職試験はどうなの? 内定もらえた?」
初めて総司の顔が引き攣った。どうやらダメなようである。というよりも、こう映画作りばかりしておいて就職する気があったのかと、道隆はそっちの方が驚きだった。
総司と香子との間はすっかり就職の話に切り替わってしまった。潮時だなと、道隆は腰を上げる。
「僕はこの辺で失礼しますね」
「え、もう帰るの?」
「いても特にやることないでしょ?」道隆はだるまの上の筆箱を指さす。「健太郎が来たら、それお願いしますね」
それだけを言うと、道隆は部室を出た。
そして歩きながら、総司と香子の意見を思い出す。
通報したAには何の責任もない。犯罪行為を認定するのは警察や司法が責任を負うべきだから、という理論だ。すごく真っ当な意見だが、しかし警察や司法が正常に稼働していないとすればどうなるのだろうか。
香子は、人として謝罪すべきと言った。だが、その謝罪すべき人間がどこにもいないのなら、Aはどうすべきなのだ。
何も答えは出ない。
「いや、そもそも他人に答えを求めようだなんて考えは、ただの甘えだ」
自分で考えて、結論を出す。出さなくてはならない。
リハビリは終わりだ。
道隆は一度大きく深呼吸をする。
――白亜に会いに行こう。
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