第14話 鑑賞会
道隆の想像した通り、朝も早くから総司と香子の二人は部室にたむろっていた。
道隆が部室に入った時、総司は今日もパソコンの画面を睨みつけており、香子はコンビニのおにぎりを食べていた。健太郎の姿はない。
「おはようございます」
道隆が声をかけると総司は振り返った。
「やあ、道隆くん。すっかり姿を見ないから帰省しているものと思ったよ」
「する予定はありませんね。ダラダラしてると周りの目が痛いので。二浪の辛いところです」
「そう自分を卑下するものではない。二浪だろうが何がろうが君はここにいる。結果が全てだよ」
「お、名言だ」
香子はケラケラ笑う。
道隆は香子に目を向けた。
「まさか今日も泊まりですか?」
「今日も明日も明後日も泊まりだよん。冷蔵庫の中身が心配だ」
「どんだけ帰ってないんですか……」
香子は今日も今日とて高校ジャージ姿である。一体いつ洗濯しているのか謎だ。していない、という説はあえて考慮に入れない。
「そろそろ銭湯にでも行こうかって総司くんと話してたとこなんだけど、ミッチーも来る?」
「お、いいね。たまには裸の付き合いでもどうだい、ミッチー」
「その場のノリで変な呼び方しないでください」
総司と香子は声を揃えて笑った。これでこの二人は親族関係ではないどころか付き合ってすらもいないと言うのだから驚きである。
道隆は蝿でも払うように手を払う。「それより、健太郎は来てますか?」
「健太郎?」総司は首を傾げる。「今日は来てないけど、何か用事?」
「試験のとき、筆記用具借りてたので返そうと思って」
「あー、そんなこともあったね。シャーペン一本抜いて筆箱ごと押し付けるというワイルドなことやってた」
「何だそりゃ。背水の陣か何か?」
総司は部室の隅の方を指さした。目を向けると、なぜかだるまが転がっていた。積もった埃が何とも哀れな風情である。
「それの上に置いておきなよ。来たら僕から伝えとくから」
物置扱いだった。
「達磨大師が草葉の陰で泣いていますよ」
「心配いらない。だって彼は高僧だもの。そんな俗な煩悩なんてないない」
自分で言ったことがおかしかったのか、総司はハハハと笑った。実際、道隆には信心などないので、総司の言った通り、健太郎の筆箱を哀愁漂うだるまの上に乗せた。
「しかし、健太郎も妙なことをするものだ。試験の出来は良かったらしいけど、本当か? もし落第まみれだったら僕は叔父さんに顔向けできない」
「何か妙に浮かれてるよね、最近」香子はぼんやりと言う。「ははん。さては女でもできたか」
「おっさんみたいな口調になってますよ香子さん」
「黙れミッチー。もう遊んでやんないぞ」
「総司さん、例の映画はどんな調子ですか?」
香子は無視して道隆は総司に水を向ける。
「お、興味ある?」途端に総司は子供のように目を輝かせる。「ほれほれ、こっちにおいでおいで!」
手招きする総司に従い、道隆は床のゴミの山を蹴りながら部室の奥へ進んだ。興味があるのか、香子も続く。道隆と香子は左右両側からパソコンを覗き込む。
総司がエンターキーを叩くと、すぐさま映像が流れ始めた。
場面はクライマックス。探偵役の香子が犯人の健太郎を追い詰めるシーンだ。画面の中の香子は普段の彼女とはまるで別人で、凄まじい美人に仕上がっている。撮影の時にも思ったものだが、本当に同一人物かと道隆は香子を流し見た。
「詐欺だ」
「何が?」
「普段からこうしてればいいのにと思いました」
「嫌よめんどくさい」
「君たちな、僕の力作を観るんじゃなかったのか?」
総司からのもっともな苦言で、道隆は映像に目を戻す。ちょうど健太郎が狼狽し、破れかぶれに暴れ出すシーンだ。なかなか迫真の演技である。ギャラリーの端で棒立ちになっている自分の姿は見なかったことにした。
健太郎はナイフを持って、探偵の香子に襲いかかる。香子はその手首を掴むと同時に捻り上げ、健太郎の体は空中で一回転すると背中から床に叩きつけられた。グエ、と健太郎は素で声を漏らし涙目になっている。
そこでこの場面は終わりだった。
「どうだった?」
ニコニコして総司は尋ねる。
正直に言って予想以上だった。カメラワークはどうしても単調になってしまうが、調整された画面の明暗は違和感がなく、いつの間にやらBGMまでついており画面と曲との協調も完璧に思えた。
「凄くいいと思います。完成版を早く観たい」
素直にそう答えると、総司はそうだろうそうだろうと胸を張った。感情が分かりやすい男である。
「何度観ても、ケンの見事なやられっぷりは見ていて清々しいね。俳優の才能あるんじゃない?」
「そりゃあそうともさ。僕は幼稚園のお遊戯会の段階で健太郎の才能を見抜いていた」
「それは嘘ね」
「なぜ分かった?」
総司と香子は顔を見合わせ、声を揃えて笑った。仲睦まじいことだなと、道隆は微笑ましく思った。
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