第39話 あの夏の話。

 海野さんは結局、千波の家でシャワーを借りることにした。それは千波の配慮。俺の妹がどれほど面倒なヤツかを知っているから。ウチの妹に比べたら、千波の妹たち、百花ももか一紗かずさもマジ天使なんだ。まぁ、そのマジ天使な小5の一紗に俺はラブレターで求婚されたんだけど。


 俺は童貞をこじらせてロリコンに方向転換ジョブチェンジしようとしてるのだろうか。いや、11歳だからあと7年で成人じゃないか。7年なんてあっという間だ。などとふたりを俺は自分の部屋で待ちながら妙な妄想をしてて気づいた。

 あれ、この歳の差って先生と俺じゃないか? 

 先生高3の時、俺まだ小学生なの? ということは、もしかして一紗はワンチャンないとも言えないのか⁉ 今度の誕生日会、多少の女子扱いはしておこう。そんなこと考えてたら、千波が自分の家から戻ってきた。


「海野さんは?」

「帰したよ、暗くなる前がいいでしょ。話したかったの」

 うかがうような感じじゃない。単に「なんか用事あったの」みたいな軽い会話。それより俺は千波にちゃんとお礼を言いたかった。

 それと同時に謝った。俺はどこかで千波に迷惑を掛けるから俺だけ剣道を辞めたから、そんなことで勝手に引け目を感じ勝手に距離を取っていた。

 千波は「気付いてくれたからいい」と男前な返事をして少し黙り、すぐに口を開いた。


「まだ、帰ってこない?」

「ん……なぎか? どうだろ、でも風呂の関係で、ワザと大きな音立てて入ってくる。俺が風呂場にいないなら、風呂に入るだろうし、いまは2階に居るから風呂からリビングコース」

 妹の名前を呼ぶのさえ久しぶりな気がする。山県やまがたなぎ。中3。それ以外に情報は……視力と目つきが悪いくらいだ。


「そなんだね、あっ…忘れる前にこれ」

 千波に手渡されたのは海野さんの使用済み下着が入った巾着。あれ今日も俺でいいんだろうか、俺じゃなく千波の方が良さそうだけど、流石に言いにくかったのか。そんなこと考えてると千波も同じこと考えてたみたいだ。


「えっとね、一応私が洗おうかって聞いたのよ。でも少し考えて『同性の方が恥ずかしいです』って言われたの。でね、考えたら確かにそう、仮に誰かに洗って貰わないとだったりしたら女子より、朝稀あさきの方かいいかも」

「ん…それってさ、俺じゃない男子でも女子よりいいの?」

「ば、ばか、そんなわけないじゃない! あんた、賢いのにたまに、バカね」

 なんか怒られた。その辺りの機微きびみたいなのは、まだ俺には難しい。まだ考えようとしていると「その話はもういい!」と思考を無理やり終了させられた。


「本当に、静かに帰ってこないの?」


「凪か? 来ねえよ。俺と脱衣所でニアミスなんてあいつがこの世で、もっともしたくないことだ」

 千波にしては意外にしつこい。

 やっぱりあの件依頼両家の仲は冷めきってる。俺を心配して千波のおじさんが父親に注意したのを逆恨みとか、ホントにカッコ悪い。あれから2年過ぎようとしてるのにゴミ捨て場でも顔を合わさないように、俺がゴミ捨て係になっていた。


「覚えてる? 小5だったでしょ」

「小5? 一紗のことか?」

「一紗? 違うよ。いや、でも違わないか……私、あの娘と同じ年の時、したんだ」


『まだ、帰ってこない?』

『覚えてる? 小5だったでしょ』

したんだ』


 久しぶりの俺の部屋で千波はこの短時間でこんなこと呟いた。

 千波は一体何に触れようとしているのだろう。もし、俺がいま感じている、この動悸に似た胸を高鳴らせている事についてならどうして今なのか、どうして今更いまさらなんかという壁にぶつかる。

 しかし俺は忘れていた。千波は壁なんてまるで気にしない事を忘れていた。


 思えば少し不自然だった。

 千波は海野さんと自分の家に1度帰った。その時、制服を着替える事も出来たのに、見上げ坂高校のグレーの制服のままだ。いや、正確には上着は脱いでいた。学校指定のブラウス。首元は学年カラーの青いリボン、そしてグレーのチェック柄のスカート。


「覚えてるでしょ、小5の夏休み。ここで一緒に宿題してたの」

「それは――覚えてる…」

 しどろもどろな返事。両家が根本的に揉めるまでは千波はよくこの部屋に来ていて、宿題を一緒にした。だけど、どうして小5の夏休み限定で話をする。それじゃ、まるで――


「知ってた。あの日――お母さんが妹たちを市民プールに連れて行く約束してたの。もちろん凪も誘ってた」

 間違いない、千波はに触れる気だ。なんで今なんだ、混乱する俺は立ったままの千波を見上げた。

 すると、千波は思いもしなかった――いやどこかで確実に感じていたこと勘づいていたことを、思っていたこと俺の幼い記憶のままに再現した。


 ストン。

 僅かな衣擦きぬずれの音と共の彼女は立ったまま、見上げ坂高校のグレーのチェック柄のスカートを脱いで床に落とした。現れたのは想像してたより細く、紐のようなサイドの薄いブルーのパンツと想像以上に白く引き締まった太ももだった。


 あの小5の夏休み。

 あの日、千波はやたらと外を気にしていた。後になってわかった。千波のお母さんの車の音を気にしていたんだ。出かけたかどうか、その日はすごく気にしていた。

 何度目かのこと。立ち上がりレースのカーテンの間から、千波のお母さんの車が市民プールに出発したのを確認した。

 そして振り向いて今日と同じようにワンピースを脱ぎ、床に落とした。あの時の千波の太ももは今と違い小麦色に日焼けしていた。

 パンツも今日みたいにきわどいのではなかった。いや、どうだっただろう。よく覚えてない。なぜなら千波はすぐに、そのきわどいかどうかさえ、分からないパンツを脱いでしまったから。


 そしてその勢いのまま、着ていたシャツも脱ぎ丁寧に畳んで千波は無言のまま、俺の前に立った。千波の身体にはくっきりと水着の日焼けの線が浮かんでいた。俺は日焼けしてない千波の裸の部分をじっと見ていた。

 そんな俺を見てどういうわけか千波は満足そうだった。裸を見られてうれしそうな顔してる理由は、その時の俺にはわからなかった。何かのどっきりかもとさえ思ったくらいだ。


 千波に俺は「恥ずかしいから朝稀も脱いで」と催促さいそくされた。催促されながら俺はどこかで千波が少しも恥ずかしそうじゃないと、突っ込みをいれたのを覚えている。

 過去の記憶を辿っている俺に成長した千波は確認するように、確かめるように答えを教えるように言った。


「朝稀、知ってた? あの日の私。朝稀とセックスするつもりだったんだ」

「それは…知ってた。お前が言ったから『朝稀、セックスってしたことある?』って」

「私、そんな事きいたんだ…小5の私、すっごいね。でも、うまく出来なかったよね。しかたないよね、やり方知らないんだもん。誰かに『やり方教えて』なんて言えないもの。でも、あの時の私頑張ったんだよ、朝稀のその……えっと、持ってね、どうにか私のどこかに入れようとしてみたの。一応知識としては朝稀の、私の入れるってことだけは知ってたんだ。でも、あの時朝稀ったら――泣きそうだった。なんで?」

 本当にわからない、長年の謎を解くように俺の顔を覗き込む。その時わからなくても今となればわかることもたくさんある。


「それは…あの時、俺はお前の前でお前の手のひらで漏らしたって思ったから。それも2回も……」

「やっぱし……そういうこと? だと思ってたけど、泣きそうな顔するし。その時の私はその……わからないじゃない? が何なのか…でも、あれって、だよね?」

「ああ、いま思えばが出たんだ。お前に手で握られただけで」

「やっぱりあれがか…じゃあ、確認するまでもないけど、聞かせて。朝稀を初めてさせたのは私だよね?」


「お前……俺の黒歴史に踏み込んだなぁ……確かに、あれが初めてだ。当たり前だろ、小5なんだし」

「へへっ、それは幼馴染冥利みょうりに尽きる。でも、知ってた? 朝稀のその…って――実は手のひらだけじゃないんだよ、すっごい勢いあってね、あの時は言えなかったけど、私のこの辺りまで飛んだんだから」


 そう言って千波は薄いブルーのパンツの下の方をそっと触れた。気のせいか薄いブルーのはずのの部分はなぜか、濃いブルーになっていた。

 その時、玄関で不必要なまでに大きな音で鍵が開けられる音がした。千波は驚きもせずに床のスカートを拾い上げ何もなかったように穿きなおした。穿きなおしながら彼女はまるで世間話――昨日のドラマの話をするように続けた。


「朝稀、あのね。私たちってもうあの頃のふたりじゃないのよ。だから、もうしてもいい歳で、その頃よりは知識もあるから大丈夫」

 励ますように言われた。俺は呆気にとられたのか言葉がうまく探せなかったのか、それとも気の利いたオチを付けようとしたのか、わからないが俺は立ったままの千波にコクリとただ素直に頷いていた。

 そんな俺に満足したのか「よろしい」と笑顔を見せた。


「――高遠先生が来たら教えて。一緒にいるから」

 そう言って部屋を出てドアノブに手を掛けてやめた。そしてなぜか千波は履いたばかりのスカートに手を入れ、薄いブルーのパンツを脱いで、そのままにして部屋を出ようとしてクギを刺してきた。

「朝稀、いい? 海野さんのパンツは使

「えっと、これは?」

 俺は落とし物のように――いま脱がれたばかりのパンツをそっと握って聞いた。聞くまでもないことだけど。

「言わせるの。今夜は私で、これは命令だからね。

 ひとりエッチを強要された。そして共有された。しかし、ここで引き下がる俺じゃない。更なる要求を突き付けた。


「千波、悪いが俺はどちらかと言えばブラ派だ」

「そうなんだ、じゃあいい子にして今日で出来たら、考えるね」

 気の利いた言葉を返したつもりが、いともたやすく返された。命令だから仕方ない。ただこれから高遠先生が来て、大波が我が家に立ったあと、そんな気が残ってるかは別の話だ。

 そして脱がれたパンツの濃い部分を見ると――それなりに湿っていた。



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