第38話 いいんだ。
『あの……ケガ大丈夫ですか、お兄さま。わたくしの事は気にしないでください。同じ物を2日くらい平気ですから』
結局、俺は千波を俺の部屋に何年か振りに迎え入れた。それと同じ時に、海野さんからメッセージが来た。心配していた問題、海野さんの手元に着替える下着がない状態が
迷っている場合じゃない。
俺は海野さんに、こちらに来るようにメッセージを送り千波に海野さんの置かれている状況を説明することにした。
海野さんになんの説明もなく、彼女の問題を第三者である千波に伝えるのはどう言い訳してもルール違反。
だけど俺はコイツを知っていて、コイツは俺を知っている。どういう気持ちで助けて、どういう意味で千波に理解を求めてるかを。後は俺が千波を信じて打ち明けるしかない。もし否定的な答えが返って来ても、最低限他言しないくらいは約束してくれる。
「千波、お前を信じてる。それで相談したいことがあるんだ」
信じているという切り口は正直ズルいと思う。俺の信じているという気持ちを裏切らないよな、そんな風に脅してるようにも見える。だけど、今回ばかりはそんな意味は含んでない。
ただ信じてることを伝えたかった。もしかしたら、今日海野さんのことがなかったとしても、信じてる事実だけは伝えたかった。そして、千波に海野さんが置かれている苦しい状況を伝えた。
ただ望月花梨先生との関係については伏せた。先生まで巻き込みたくないのと先生には伝えてないことや、海野さんにも伝えてない事がある。知らないでいい事の振り分けは俺がすべきことで、それでもし
しかし、千波の反応は想定していたものと少し違っていた。
「――海野さんだったんだ」
この言葉、一体何を意味するんだろう。数日前に言われた『いま一緒にいるの、
理由はともあれ女子の下着を洗い、保管管理しているのだ。普通に考えて普通じゃない。しかし、千波の言葉はまるで違っていた。
「――実は少し聞いてたんだ。ある女子から『下着を持ち歩いてる娘がいる』って。その娘はあまりいい言い方ではなかったんだけど――その……パパ活みたいなのしてるんじゃないかって」
「違う、海野さんは――」
「わかってる、大丈夫。うん、大丈夫。パパ活なんて突拍子もないし、その娘には滅多なことは言わないようにクギ刺したから。でも、よかった」
なにが、どうよかったんだ。しかし人の目は侮れない。うまく隠せてるようで隠せてなかった。危うく海野さんの使用済み下着が見つかるところだった。
「あのね、噂というか、同じように他の女子が教えてくれたんだけど。最近女子の鞄が荒らされる事件があるみたい。誰かが下着を持ち歩いてる話を聞いて――手当たり次第荒らしてるんだと思ってて……」
家庭に居場所がなく、従姉妹で義理の姉の先生を頼ればきっと迷惑を掛ける。実の父親が性的な理由で姪の下着を使ってるなんて、誰も知りたくない。
だから自分が我慢したらいいんだ、そんな海野さんの発想は本当に俺と似てる。だから思う、これ以上追い込まないで欲しいと。そんなに俺たちが悪いことしたのか。
でも、幼馴染だからすべてを理解して欲しいと言ってるんじゃない。
俺の肩がこんな状態で、海野さんの手持ちの下着はいま着用してるものだけ。脱いで手洗いでもして干すことは出来るが、何も着けないままでそんな不安な場所、トイレや寝る時、自室のカギを何度も確認しないと不安でしょうがない環境で居させたくない。
俺の計画はこうだ。
通常なら海野さんと一緒に下校し、俺の家に立ち寄り必要な下着を彼女に渡す。その後海野さんの家に移動し彼女はシャワーを浴び新しい下着を着用し、使用済みの下着は俺が回収し洗濯する。こんな感じだ。
だけど、俺の肩がこんな状態なので自転車移動は厳しい。歩いてとなると時間が掛かる。結果俺の帰宅が遅くなり彼女の下着の洗濯が家族にバレる可能性が高くなし、同じ下着を二日着けさせたくない。
だから今日急きょ海野さんには悪いがシャワーをウチで浴びて、この家で着替えて貰おうと思う。妹が帰ってくるリスクはあるが千波が居れば多少ましだと思う。
ただウチの家族は香坂家の人間を
「彼女、来たんじゃない?」
カーテン越しに千波は公園を見ると居心地悪そうに、海野さんがきょろきょろしてた。着いたらメッセージ欲しいと伝えたのだが単独行動で緊張して忘れたんだろう。
「行ってくる」
「私、行こうか? その肩じゃ」
心配そうに眉を寄せる千波に待ってて欲しいと伝えた。
とはいえ、ぶっつけ本番だ。
場合によっては海野さんを傷つけてしまう。でも、思うんだ。海野さんにいま必要なのはよりよい理解者をひとりでも増やすこと。異性の俺でしか出来ないこと同性でしかわからない感覚がきっとある。
そういうのを少しでも埋められる何かを持ち寄ることが出来るなら、悪い結果はほんの少しに出来ないだろうか。
「海野さん、実は話さないといけないことがあるんだ」
その言葉を聞いて海野さんは酷く固まったが、俺の話を丁寧に耳を傾け聞こうとしてくれた。
「ごめんなさいね、驚いたよね」
最低限の説明を終え、俺は千波に会わせるために海野さんを自宅に連れて行った。ドアを開くと千波が玄関で待っていた。靴も履かずに素足だったのを思うと、何か思い立って慌てて2階の部屋から駆け下りたのだろう。
「あの、いえ、その……すみませんでした」
俺と千波が幼馴染なのは知ってる。海野さんは、俺の幼馴染だから今回千波を巻き込んだことを謝ったのか、千波の幼馴染の俺を巻き込んでしまってるのを謝ったのかわからない。とにかく申し訳なさそうに小さく何度も頭を下げた。
これはよくない。
これは心を閉ざそうとしてるように思えた。無難に今をやり過ごし当たり障りない顔して、なんでもない振りして――まるで鏡の中の自分を見てるようでチクリと何かが胸に刺さった。そして、あまりにも俺の日常に似過ぎて彼女に掛ける言葉が俺にはなかった。
「辛かったね、大丈夫。私も味方だから」
千波は思いもしない行動に出た。
戸惑い手持ち無沙汰で視線も定まらない海野さんをいきなり抱きしめ、耳元で囁き背中を
最初、海野さんは瞳孔が開いてしまうほど目を見開き、驚いた表情を見せた。千波の抱きしめた腕があまりに暖かくて、あまりに力強く海野さんという存在を理解しようという熱さを感じさせたから、海野さんの目の淵から涙が止めどなく溢れ出た。
その涙の意味はたぶんこうだ――
存在してもいいんだ……
そんな当たり前なことを感じられない環境。でも光はある。それはその気にさえなれば、誰だって指し示すことが出来る勇気であり優しさではないだろうか。
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