第36話 体育の授業。
教室に戻ると佐々木が「平気だった?」とメッセージを送ってきた。いつもなら直接聞きそうなものを……佐々木も昨晩のことで、人の目を気にするようになったらしい。
しかし、
本人は気にしてないし、俺的には千波に若干の引け目を感じているので積極的には学校では関わらない。幼馴染でご近所の手前、最低限の接触はあるがウチの家族が家族なもんでそこは仕方ないことだ。千波から距離を取られることはない。
特に変わりない学校生活を送り、午後の授業は体育。場所は体育館。男子はバスケで女子はバドミントン。大半は受験生なので、体育の授業は
試合に出てない奴らはコート外で座って雑談している。そんな中で佐々木が1試合終えて座っていた。
「どう、私いま体育座りだけど? 何か思うとこない?」
イタズラな視線。昨晩佐々木を体育座りさせ後ろにゴロンと倒し、ぱっくりさせたことを言いたいようだ。
短パンに長袖体操服の佐々木美玖がこの発言で急にエロく見えるから不思議だ。
「グッとくる……ところでお母さん、今日もおばあちゃんち泊まらないのか?」
隣に座る俺に佐々木はひじ打ちをする。ああなる前から佐々木は気になる女子だった。最後までしてないのに、こんな親密な感じになるもんなんだ。男女の仲というのは予測不能。
「なに、お母さん帰って来なかったら来るの? 早く言ってよ。だったら『おばあちゃん、もう少し見ててあげて』って言ったのに。ちぇ~っだ」
それはつまり状況さえ許せば、また来ていいって意味でいいんだよな。自虐ネタしか交し合わなかった女子。この距離感は慣れないけど。しかし、こういうのは一方が幸せを噛みしめている時、他方は苦虫を噛みしめるもので俺はその視線に気付いていた。
「もう……めんどくさいなぁ……」
スルーしようかと思ったが、佐々木もその視線を感じていたようだ。体育は他クラスと合同で、その他クラスの中に吹奏楽部部長の小笠原がいた。付け加えると他クラスの女子の中に海野さんの姿もあった。
「いつもあんな感じで熱視線を?」
「やーさん、ごめん。熱視線って美化しないでね。部活中も露骨だし。私自主練のときってひとりがいいの」
「自主練の時来るんだ」
「まぁ、ね。あのね、フルートとトロンボーンって合わせいらないと思うんだ」
専門的なことはわからないが、佐々木がそういうならそうだろう。
「話戻るけど、自主練の時はひとりがいいんだ。じゃあ、俺も邪魔しないで――」
「やーさんは別腹。なんだったらもっと人目に付かないとこでもいいよ。違う自主練になったりして~」
冗談めいた言葉に反し視線が割とマジだ。反応に困った俺に救いの手を差し伸べたのはツレの大野だ。
「やーさん、チェンジ~~っ、もうヘロヘロ~~」
そう言いながら、実際にヘロヘロになりながら大野は体育館の床に沈んだ。
「出るんだ、もう終わりなのにね。2点差かぁ、ここはやーさんの活躍に期待」
そんなハードル上げられてもなんも出ません。
なにせ俺はやる気ハーフ・アンド・ハーフ男子なんだから。とはいえ、昨晩の佐々木とのこと。今朝の小笠原とのいざこざ。佐々木に少しくらい、いい格好を見せたい気もする。そしてその機会はすぐに訪れた。
敵ゴール前左側。特に狙いがあったわけじゃない。バスケの技術も知識も体育の授業レベル。しかし、その授業レベルでもわかるルールがある。離れたこの位置からシュートすれば、それはすなわち――
「やーさん、スリーポイント!」
佐々木の声が響いた。授業時間の残り僅か。点差は2点。別にただの体育の授業で勝ち負けは本来どうでもいいはずだった。その勝ち負けに付加価値を乗っけてしまったのは俺だ。
佐々木の前でいい格好して小笠原との差を歴然としたかった。だけど、俺は勘違いしている。佐々木は元から俺と小笠原と比べもしていない。だからこんな勝敗実はどうでもいいはずだった。
何より小笠原はコートの外で直接対決してない。する必要も理由も本当はなかった。完全な一人相撲。どフリーだしこれはワンチャンいける。俺はバスケ部バリのロングシュートを決めようとシュート態勢に移った。その時――
「朝稀‼ ダメーッ‼」
つんざくような声がして俺は正気に戻った。
声の主は見なくてもわかる。
油断であり慢心。もうそんなには使わないから、少しくらいは大丈夫。そんな思いがあったのだろう。
千波の制止はあったものの、俺は完全にシュート態勢に入っていたし千波の声が、言葉が、声の大きさが何を言いたいのか理解するのに数秒掛かった。そしてその僅か数秒の間に俺はシュートしてしまっていた。
ダム、ダム……ダム……ダム……
俺が放とうとしたバスケットボールは、宙に軌道を描くことなく転々とコートを転がりラインを割った。俺は激しい肩の痛みと共に床に崩れ落ちた。痺れるような、ジンジンした熱を帯びた痛みがまた俺の左肩を襲う。
「やーさん……やーさん⁉」
真っ先に駆け寄ってくれたのは佐々木だったが、事態をうまく理解できていない。おろおろしながらも俺の肩に触れようとした。
「触らないで!」
大声を張り上げ佐々木の手を止めたのが千波で彼女は自分の長袖を脱ぎ、脱いだ長袖の体操服で俺の左肩を固定した。
「
あっという間に俺の額は脂汗でびっしょりになり、痛みから血の気が引いた。背中も気付いたら冷や汗が流れていた。
「だ、大丈夫。支えられると……逆に痛む」
「先生、朝稀を保険室に連れて行きます。このまま病院行かないとだと思います。朝稀の家に連絡しても無駄です。私が付き添います」
千波は口を挟む余地すら残さず、体育教師に指示し早退の手続きまで依頼した。保健室で千波の固定具として代用していた体操服に代わり、三角巾を巻き千波の付き添いで保健室の先生に連れられ病院へ向かった。
骨折や筋を痛めたのではない。単に古傷を再発させただけだ。
俺は病院に向かう道中、佐々木の事を思い出していた。もしかして自分がスリーポイントを要求したことが、古傷を再発させたと心を痛めているのではないかと気になっていた。
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