第33話 充実感にはまだ早い。

「海野さんと?」

 お互いスッキリしたものの、それでもあまりにも時間が早い。なので駅前のドーナツショップで時間潰しをしていた。その時の会話だ。ちなみに1冊だけ持ってきた図書館のハムレットの本を佐々木に見せ、文化祭の手伝いをすることを共有した。


 佐々木と思いもしてなかった相互鑑賞をする仲になった。それにぬるーく部活に参加する程度となると、自意識過剰かもだが佐々木と行動することや放課後デートなんてのも――ないか? ともかく、海野さんとの関係はそんな関係じゃないので、お互いに立ち位置をハッキリさせたい。


「つまり、文化祭でこの……ハムレットの一節をする手伝いをするけど、やーさんは勉強とかバイト忙しいから、打ち合わせとかは登下校にしてるって感じ?」

 あぁ……そういう言い方もある。それいただき。海野さんの家庭の事情――俺が海野さんの下着を隠し持ってることは、言うべきじゃない。俺は佐々木のいい感じの勘違いに便乗した。

「あっ、やーさんのオツレさんに聞いたけど、お父さん理系大学受験しろって?」

 オツレさんとは大野と船田だ。俺のツレということもあって、佐々木はこのふたりとは話をする。

「こんな時期にどーしろってんだ、まったく……」

「聞きしに勝るわねぇ……大丈夫……じゃないか」

 いつもなら、いつもの佐々木なら、自虐ネタだろうと自虐ネタを重ねてくるところだが、今朝の佐々木は違う。

 落ち込んだ表情で心配そうに顔を覗き込んでくる。俺もいつもならふざけて返すところだが、この佐々木の表情を見た後ではうまい冗談も思いつかない。きのう、お互いの身体を観察し合ってお互いに満足し合った仲だ。きのうまでの関係を更新したと考えるのが普通か。


 駅に向かう歩道を隣り合って歩く。「まだ平気かな」と遠慮がちに腕を組んできた。

「コメントはいらない」

「お前、カチンコチンだな」

「だから、コメントいらないって。しょ、しょうがなくない? こ、こんなのしたことないんだし……イジワルなんだから」

 そう言えば、きのう海野さんが腕を回してきたがその時は自然な感じだった。それは慣れてる? いやオフィーリアという役柄。つまり兄に対する感じだったから自然だったんだろうか。


「佐々木は海野さんと面識ある?」

「一緒よ、1年の時同じクラスだったくらい。知っての通り私もまぁまぁ壁作る派だから、取次ぎ役よろしく」

「えっ、海野さんはまぁまぁじゃないくらい壁を……」

 言いかけたがやめた。佐々木のこのぎこちない腕組はきっと今だけのものだから。いまこの時を楽しもう。


 駅に着くと明らかに海野さんはキョドっていたが、幸か不幸かそれは佐々木も変わらない。佐々木の場合はカチンコチンと固まっていた。お互いにお互いを紹介し「知ってるよな」と付け加えた。

 その方が緊張が解けると思ったからだ。まぁ、佐々木の場合正確には警戒している気がした。

 自意識過剰だけど、誰もがそうかはわからないが、佐々木の立場から見ると――初めて裸を見せた男子とは、誰よりも自分の方が仲がよくあって欲しいと思うだろ。佐々木の中で芽生えかけた敵意に似た感情だったが、海野さんの一声で霧散した。


「お兄さま、いつも佐々木さんと通学するのですか?」

 おい、海野さん。人前ではあれほど『お兄さま』呼びはダメと。俺が頭を抱える前に佐々木が声を出す。

「やーさん、お兄さまって?」

 俺はしどろもどろながら説明した。ある役になり切っていること、役になり切ることで緊張しないで話せることなどなど。海野さん、頼むから下着の話はしないでくれ。


「えっと、じゃあ。海野さんにとってはやーさんはお兄さまでいいの?」

「はい、山県君は私のお兄さまですから」

 いえ、違いますよ? 普通に素で答えてるけど。

「つまり、男子としてのやーさんは?」

「男子として……その、それなりには緊張しますが、お友達で文化祭手伝って貰って、お兄さまみたいに頼りにしております」

 お貴族さまのように答えたので、佐々木は俺の顔をチラチラ見ながら「お兄さまならいいか」と小首を傾げながらも納得したらしい。

 海野さんは俺を男子として見ていないということだろうか。だから、下着を見られても大丈夫なのか? 少しざわざわするがいいか。おかげでふたりは途切れ途切れではあるが会話をしながら学校まで無事に着いた。


「じゃあ、やーさん。先に行くわ」

 そう言って佐々木は小走りで駆け出した。しかし何かを思い出したのかすぐに戻って来て耳元で囁いた。

(やーさん。私、シャワーを浴びてないけど、しないかなぁって。じゃあまた後でね、

 つまり、それはその……俺のアレ的な匂いのことですよね? う、海野さんには…聞こえてないか。焦る俺の表情に満足したのか、匂いを確認させるでもなく佐々木はイタズラな笑顔と共に去った。


 匂いを確認しなくてよかったのだろうか。それとも、少しくらいそういう匂いがしても構わないものなのか? どうしよう――最近の佐々木さんってよねぇ――なんて噂が流れたら。マズイ、次から気を付けないと。そう考えながら次があるのを無意識で感じていた。


「そういや、海野さん」

「なんでしょう、お兄さま」

 周りに人がいないのを確認し会話を選ぶ。例の件に触れるから。

「きのう、大丈夫だった? 下着。家にないのバレなかった?」

「どうでしょう。とりあえず何も言われてませんよ。でも、気になったことがあります」

「なに?」

「はい、洗濯に下着がないと母に指摘される日が来るかと」

「なるほど…それもそうだ」

 海野さんのお義父さんに着用後の下着を使リスクは回避出来るかも知れない。ただ、彼女の話から考えてお母さんは味方じゃない。お義父さんの気を引くために海野さんを差し出す、なんて話を本人がしていた。

 そういう事をしそうになったのか、してもおかしくないのか、その辺りはわからないが全力で娘を守るとかはないのは確からしい。

 そうなると、洗濯物に下着がないのは海野さんが対策をしているのがバレる。面と向かって指摘されたら答えに困るだろう。

「ひとまず何組かの下着を手元に置いておいて、ダミーで洗濯物に忍ばせよう」

「ダミーですか?」

「うん、預かってる下着の中から使用頻度の低い物、もしくは古い物を手元に置いておいて、交代で洗濯する。あまり使わない物、古い物なら最悪なくなっても傷は浅いし、考えたら手元に下着がまったくないのは困るだろ。汗かいたりもするし」

「それもそうですね、考えてなかったです。流石お兄さまです、下着に関しては右に出る者はいませんね」

 妙な褒められ方をした。

 いや、褒められてないか。まぁ、いい。ひとまず、海野さんの下着の件も佐々木のメンバー外だった件でも、幸い俺は関わることが出来た。ふたりが抱える問題に関われたということは、ある意味ふたりが孤独な決断や対処をしなくて済むということだ。そんな軽い充実感を感じながら教室に入ると、その充実感を感じるのはまだ早いと思い知らされた。




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