第32話 次の朝。

 お互いに達したことで、ほんの少し冷静になった。冷静さを取り戻した佐々木は部屋の灯を小さくした。冷静になって恥ずかしくなったのだろう。

 幸いにも布団は被るものの服は着ていない。少し触るくらいなら「もう」という軽い苦情くらいで許してくれる。逆にキスには何も言わずに目を閉じる乙女な佐々木がいた。かわいい……


「どうだった」

 もちろん、初ひとりエッチ兼相互鑑賞のことだ。俺は童貞の分際でふたりもひとりエッチ兼相互鑑賞をしたことになる。もう童帝どうていの称号が相応ふさわしいのではないだろうか。

「どうって……えっと、そのね、私回りくどい言い方苦手だから言わせて。私好きよ、やーさんのこと。こういうのも他の男子なら、なし崩しっていうか、最後までするだろうし。そういうのしないとこ好き」

「待て、最後までしない約束は――」

「そうやってすぐ茶化ちゃかすよね、狙ってる訳じゃないんだろうけど、こういうの、すっごく、居心地いい。そのやーさんと初めての……ひとりエッチ。よくないわけないじゃない」

「佐々木が乙女だ……」

「仕方ないじゃない、やーさんが乙女にするんだから。えっとね、心地よさは実在の誰かと比べてるんじゃないからね、誤解はしてないと思うけど一応……心配じゃない、こういう誤解」

 佐々木にしては珍しく、慎重な前置きをした。佐々木の性格は基本、相手がどう思おうとどうでもいい。それは相手のとらえ方で、自分がどうこう出来る事じゃない。だから、気にしない。その佐々木が前置きをしたという事は、俺の誤解を恐れたのだろうか。


「こういう事したら、その……自分の女扱いするじゃない? 偏見かもだけど、ほとんどの男子が」

「まぁ、そうかもな。相手が佐々木なら仕方ないだろ」

「私なら仕方ないってなんで?」

 おっと、佐々木さん。

 自分が俺的『見上げ坂高校美少女ランキング』隠れトップランカーだという事をご存じない。まぁ、俺的だからか。でも、たぶんこの評価は他の男子も大差ない。佐々木が取っつきにくいから表に出てないだけ。

 佐々木美玖はツンデレ説もまことしやかに吹聴ふいちょうされてるのも事実だし、もしそれが本当なら名実ともに見上げ坂高校のマドンナ的地位は、佐々木のものではないだろうか。


「要するに、佐々木美玖は俺にはかわいいって意味だ」

「なにそれ。あっ、でも…それってちょっとうれしい。誰にでもび売ってるんじゃないってことだよね。さすがやーさん、よく見てる~」

 上機嫌だから言わないが佐々木美玖。お前多少は媚びを売る文化を知る必要あるぞ? 男子に対しての反応、見ててトゲトゲな時あるからな。お父さんは心配です。


「チャーハンくらいならすぐ作れるぞ」

 しばらくイチャイチャしていたが、佐々木がお腹すいたと言いだした。コンビニ行くのめんどくさいと言うので提案した。

「ホントに⁉ やーさん、凄い食べたーい。対価は体で払おうと思うの…私」

 こいつ、これ以上は手を出さないと思って好き勝手言いやがる。よし、体以外の対価を要求するとしよう。

「チャーハンと体だと流石に割に合わん。上は着ていいから、下はパンツというのはどうだ?」

「えっ、パンツの中を見た人が? 触った人が今更いまさらなの?」

「パンツにはパンツの良さがある」

「そうなんだ…これでいい?」

 実は今の今までお互い全裸だった。服を着るのを見られるのは、少し恥ずかしかったのか背中を向け、パンツも素早くはき、トンと床に降りて「こんな感じ?」と聞くので、俺は目頭が熱くなった。


「えっと、なに?」

 怪訝けげんな顔で彼女はたずねる。

「同級生が目の前でパンツでうろついてる…」

「あぁ…なんかマジな感想来ちゃった…こりゃ、完全に朝までには大人の階段のぼるなぁ……ひと箱で足りるかなぁ」

 なぜかあきらめに似た表情で肩を落とした。


 手慣れた手つきでチャーハンを作る。この技も、いうなら俺が自分の家のリビング滞在時間を減らすために身につけたもの。げいは身をたすくというやつだ。

 ふたりだけの佐々木家のリビング。

 家族が囲むテーブルをふたりで使う。向かい合って座るのかと思えば、佐々木は隣に座った。普段から他の男子よりは近くで接して来てる。なんなら、ついさっきまで裸を見ていた。なのに、この距離は少し気になる。

 気が気じゃない俺はあまり味を感じないまま、流し込むように食べた。佐々木は半分ぐらい食べた時に「ありがと」と呟き、残りを口に運んだ。チャーハンのお礼なのか、今日一緒にいたことのお礼なのかわからないまま朝を迎えた。


 朝を迎えたと言いながら、俺は佐々木にツンツンされて起こされた。佐々木は相変わらず前を隠してる。つまり全裸だ。これには理由がある。俺が親友同士は基本全裸だという暴論を吐いたせいだ。

 まぁ、疑いながらも灯りを消すことを条件に佐々木は実質的に一肌脱いだ。とはいえ、お互い1度満足してるので呆気なく寝落ち。夜のうちに、佐々木のお母さんが帰宅していたら――ふたりして裸で正座していたところだ。


「何時…?」

 完全に寝ぼけてる。カーテン越しに漏れる光が弱い。全然時間が想像できない。

「4時半…くらいかな」

「いつも…この時間なのか?」

「ん…おかしいね。メンバー外だから朝練って行っても自主練なんだけどね。しかも、3年だからメンバー外は自由参加だしねぇ」

 自主練。佐々木はいつも自主練は校舎裏、テニスコート隣の非常階段近くでしていた。


「そうか。行くのか」

「ん……どうしよっかなぁって。今から最後までするのもアリだけど」

 戸惑いながらうかがうような目で見る。最後まで――って言葉は佐々木特有の自虐。自虐仲間の俺だからわかること。そして自虐を言うってことは愚痴とかを聞いて欲しいってこと。残念ながら最後までしてる場合じゃない。


「決めかねてんのか?」

「うん…正直ね、今だから言うけど、自分がメンバーに選ばれるイメージがうまく描けないで今日まで来たんだ、ずっと。ただがむしゃらに頑張ってきた。積み重ねた努力は無駄にはならない、なんて言い聞かせながら。でも、正直どうしようか悩む。最後に…秋に大きなコンクールあるんだ。メンバーに残った3年はここまで残る。でも、メンバー外の3年生は――音大受験の練習兼ねて自主練に残るか引退する。正直、音大って私に可能性あるのかなぁ……行きたいかもわかんなくなっちゃって。普通にしたいんだけど、普通を知らないっていうか……」

 正直、佐々木は昨日からこの話がしたかった、聞いて欲しかったのだ。聞いて欲しくて言い出せなくて、今ようやく口にできた。そう、聞いて欲しいのであって、決めて欲しいのではない。


「もし残るなら――それはどんな目的だ?」

「――痛いとこ突くね。そだね、正直未練かな。もしかしたら――秋のコンクールのメンバーになれるかも。でも…どうかな? 今回の人選、他の楽器でも今までメンバー入りしてた3年が外されてるんだ、何人も。たぶん、下の学年に経験積ませたいんだよ。メンバー入りしたことない私に可能性あるのかなぁって」

 果てしなく可能性がない未来に賭けて努力し続けるのは、精神衛生上どうなんだろう。今まで部活三昧。残った高校生活を謳歌するのも手だ。

 しかし、仮に音大を目指さないなら、本格的に勉強しないといけない。音大もそうだろうが。佐々木は残念ながら、それ程成績がいいとは聞いたことない。

 答えを求めた相談じゃない。その事は知ってる。だけど背中を押さないまでも、背中に寄り添ってくれる存在として、俺に相談してるのなら答える義務と権利が発生する。だから答えた。


「佐々木、そこは、続けたらどうだ。気が向いた時だ、自主練に参加するみたいな」

「――だね、そうしようかなぁ……で、どうする? やーさんが言う『ぬるーく』するとして、なってるんだけど?」

 佐々木は俺の例の部分ツンツンして「どうすんの?」とおどけるので、今日の朝練はサボってお互いを観察して、満足し学校に向かうことにした。これもまた人生なのだ。















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