第18話 役さえあれば……

「なんで知ってんだ?」

 そう聞きながらも、俺自身のスマホ画面には海野さんの名前が表示された以上、アドレス帳に彼女の名前はある。思い出してみたら、1年の時同じ委員会をした。何かあった時のためにって連絡先交換していた。


『あの、えっと…その…前に…』

 電波でも悪いのか、海野さんの言葉が途切れ途切れだ。

「いや、悪い。交換してたな、連絡先。それより海野うんのさん、なんか電波悪くないか?」

『いえ、それは…大丈夫…かと、その、えっと…私が、きょ、キョドってるだけ、なの、で…はい、電波は来てます、来まくりまくってます、たぶん』

 そうだった。委員会の時の海野さんは本当に挙動不審だった。


「えっと、俺が諏訪すわ初佳もとかの完コピ禁止したからなのか?」

『いえ、あっ、はい…考えたら、その…ダメだと、はい、バイト仲間のこと、そのバカにしてるって、はい、思われても…だから、あの、こんな、感じで…ごめんなさい、私誰かの役を、その、あの、演じないと、こんな、だから、恥ずかしいです』


 海野さんの声を聞いていたら、自分の家族に対する怒りの感情が、何だったんだになる。それは決して海野さんに癒やされた訳ではなく言葉の通り、何だったんだなのだから説明のしようがない。


「それで、なに? 用? 先生にはちゃんときのう渡したけど」

『それは、はい、えっと…その、聞いたんで、大丈夫です、今日の用は……実は』

 要約すると、海野さんが言いたいのはこうだ。

 俺に脚本を書いてもらいたいのは、変わらない。でも、自分にそんな価値があるか、学芸会レベルじゃない保証はない。

 だから、俺に演技を観てもらって、納得して判断してくれるならうれしい。こんな感じだと思う。

 海野さんの言葉をつなぎ合わせて、足りない部分は付け足してなんとか頭の中で文章にしてみた。


 言葉の辿々たどたどしさの割に、海野さんの段取りはいい。

 演技を観てもらうために公民館の一室を借りているとのこと。それも、俺に手間を掛けさせないように、ウチの近所で借りてるらしい。

 海野さんのやろうとしていること、演劇のこと、俺の中の物を書きたいという衝動。いろんなことに興味がある。

 やってみる価値はあるが、逆に海野さんの足手まといにならないとも言えないので、見ておく価値は十分ある。俺は行くと返事しその時間になるまで、河川敷で時間を潰した。


 普段あまり行く機会のない公民館は意外に人は多く、建物入ってすぐの掲示板には、どの部屋が何時から、何かの習い事があると、表示されていた。

 この人の多さは、恐らくその習い事に参加する人たちなんだろう。


「確か、海野さん部屋借りてるって言ってたな……」

 もしかしたら、この掲示板に部屋番号なんかがあるかも知れない。もしかして…これだろうか。


『9号会議室――やーさん海野のなかよし劇団』

 あー帰りてー

 なんなんだ、このネーミングセンス。俺はなにか? 今から受付で『やーさん海野のなかよし劇団』の関係者なんですが、とか言って鍵を借りるわけか?

 いや、恥の多い人生を歩んできましたが、自ら率先して恥に突っ込んで行きたくない。

 しかもご近所の公民館。こんなトラップがあるなら、出来るだけ遠くの公民館がよかった。いや、待てよ。あいつ呼ばわりして悪いが、どこか物陰で俺の反応を見てないか……いた!


「おいっ!」

「ひっ! 大声出さないで! バ、バレちゃうじゃ、ないですか…」

 バレる? 誰に? 受付の人にか? 

 お前がとんでもなく恥ずかしい劇団名を付けて予約したせいで、コソコソしないとなんだろ、まさに自業自得。なんで手際よく予約までやってるのに、最後でコケてんだ? しかも、概ね自爆だよな?


「お前が付けた劇団名なんだ、恥ずかしくても責任取れ」

 俺は無情にもおびえる海野さんに受付に行くことを命じた。


「えっ、げ、劇団名はその……私史上最高かと…は、恥ずかしいのは、知らない人と、その話さないとだからです、私…役がないと、飛べない子羊なんです」

 子羊は役があっても飛べないだろ? 

 翼の折れたエンジェルみたいに言うな。俺はふと、あることを思いついた。


「海野さん、今だけ諏訪すわ初佳もとかの完コピ解禁してやる、出来るか?」

「えっ、でも、いいんですか…後で、怒らない…ですか? 乳ちっさいとかで」

 なぜ、俺が怒るところが乳限定なんだ? 

 あんまり諏訪のこと乳牛みたいに言うな。今度会った時、ガン見するだろ……まぁ、してるか、いつも。うん。


「乳はともかく、立派に諏訪の完コピで受付を済ませてこい、いいか、これも海野さんの演技力を見る目安なんだからな」

「わ、わかりまひた…」

 すると不安げにキョロキョロしてた目線が一瞬にして、光を宿した。それはまるで、本当に諏訪初佳が乗り移ったかのようだった。


「やーさん、何? おはよー! 今日もなんとなく、元気そうでなによりだね! 初佳、チャチャっと受付してくるけど――何か飲み物飲む?」

 そう言うと海野さんは、くるりと背を向け受付に流れるような足取りで向かった。

 驚いた。

 諏訪は会うとなぜかいつも、飲み物を勧める。それは誰に対してでもではなく、バイト仲間の俺にだけだ。きっと、それは諏訪にとって労をねぎらうみたいな意味があるのだろう。

 主にバイト入りや、帰りにだけど、たまについクセで、学校で会った時も言われる。おごってくれるとかじゃなくて、自分の水筒からコップに注いでくれる。

 ほとんどが何かのお茶だった。いい香りがするものだったり、少し甘いお茶だったり。

 でも、この事を知っているってことは、学校でついうっかりクセが出たのを見ていたってことか。完コピするために観察するってのは本当なんだ。

 そして、俺はまるで諏訪初佳自身が受付をしているような、光景を目の当たりにした。

 表情や、ちょっとしたクセ。例えば考え事をしている時、つま先を軽くトントンと地面に打つ。そこまで見てるのか。俺はちょっとした驚きを感じた。

 受付を終え鍵を手にした海野さんに今の感想を言うことにした。


「こ、こんな、感じ…でしょうか、あの…エナドリ飲んで、イイっすか? た、対人はメンタル持ってかれるんで…糖分とカフェインでドーピングしなきゃ……」

 諏訪初佳の完コピで対人は3分しかもたないらしい。俺はちょっと驚いた。自販機の陰でエナドリを、くぴっとやってるコミュ障気味の女子は俺のオーダーを難なくやってのけた。

 役さえあれば、苦手も克服出来るらしい。


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