第17話 責務。
基本、俺と家族との会話が成り立たない。
言語が違うのかというくらい、話が通じない。いや、いっそ言語が違っててくれた方が諦めがついていた。
なまじ言葉がわかるだけ、不幸だ。親からの言葉は、指示、命令、伝達だけで、そこには相談だとか思いやりとかは含まれてない。考えてみたら業務連絡に愛を求める方がどうかしてる。
兄がいる。だけど、何年も前に家を出た。
大学に行くためということだが、どうだろう。実のところよく分からない。親に対してどう思ってるとかいう会話をしたことがない。
嫌って出ていったのか、それとも通学に不便だから出ていったのかすらわからない。ただ、生活費は自分でなんとかしてるらしい。
そう、らしいというくらいしか知らないのだ。大学の入学金で親と揉めていた記憶がある。きっとそのあたりが原因だろう。
ただ、兄はそれでも理系大学なので最低限は出してもらっているようだ。
それに反して、妹の扱いは明らかに違う。
兄も俺も勉強、勉強と四六時中追い立てられていたが妹は自由だ。だから成績も振るわないし、親への反感も反発もない。なので、率先して俺の監視役をしている。
妹がチクリ魔ほど、わずらわしいものはない。
しかも、法の執行人のような顔で。親が変な権限を渡してるせいで、増長している。妹が兄と同じ空気を吸うのも嫌だと聞いたことがあるが、ウチでは俺が妹と同じ空気を吸いたくない。なんなら、軽く窒息しても吸いたくない。
そんなわけで、我が家では会話はない。情報の伝達のみだ。そして、釣りと称した朝帰り、設定としては夜遅く家を出ての朝釣り。
だから、大野には悪いがわざわざ海辺のお散歩に付き合ってもらった。服から磯の匂いが全くしないのはおかしい。そんなことまでチェックしやがる妹、いや看守か。
その看守から帰宅後早々とんでもないことを言われた。
妹は中3で高校受験を控えている。先ほども触れたがこれといって勉強もしてないので、成績は下位25パーセントくらいの順位。
それが何をとち狂ったのか、俺が通う見上げ坂高校を受験したいと言い出した。
自慢するわけじゃないが、見上げ坂高校はそれなりに偏差値がある。
中学の成績だと上位25パーセントに入らないとまず難しい。超進学校ではないが、位置づけではそれなりの進学校だと思う。
下位25パーセントの妹が目指すには、あまりにも目標が高く、始める時期が遅すぎ。
俺は難しいだろと、柔らかめに忠告したがどうやら父親が実際通ってる俺に勉強を習えばいいと、考えのない丸投げをしたらしい。
俺自身が受験生なのに、妹の――それも息の詰まる妹の勉強まで見ろと?
言葉が汚くなるが、控えめに言っても頭がおかしい。兄妹が不仲なのもわからないのか。その感情を抑え、リビングにいる父親と母親の前で抗議した。
こんな時期から今の成績じゃ無理だと。返ってきた言葉がそれが兄の責務だそうだ。親の責務はどうなってるんだ?
いや、正確には食わしてもらってるクセにそれくらいしろ、だったが。
この世界は本当に歪んでいる。
先生やツレの大野や船田、バイト仲間の
何度も言いたくないが、昼メシ代込みのこづかい二千円というのは、本当に無理なのだ。バイトしないとどうしようもない。受験勉強もしてバイトもして、その上妹の受験勉強も見ろと?
イカれてる。
先生の家にいた時との落差が辛い。
先生と再会出来ただけ俺はどれくらい救われているだろう。でも、どうしようもない閉塞感、息苦しさ、抑えきれない怒り。こんな家なんてなくなってしまえばいい。俺は心底そう思っている。
しかし、何もかも失うには先生という存在が大きすぎる。
俺はため息を飲み込み、絶対に行きたくない妹の部屋をノックした。そして、学校の教材を用意させ、その中にあるほぼ新品の英単語ドリルや漢字ドリル、数学の問題集を出させ、今日の夜テストをするからそれまで覚えろと告げた。
そもそも、3年のこの時期に英単語ドリルが真新しいことが答えなのだ。
拒否したところで、結局は勉強を見ないわけには行かない。
なら、手間は最低限に抑えたい。妹の今の学力を知る必要もある。しかし、いうに事欠いて妹は要求してきた。英単語も漢字も数学の公式も、歴史の年号も覚えたくない。覚えないで点数を稼げる方法を教えてほしいと抜かした。
そんな方法がこの世界にあるだろうか? 漢字の問題で漢字を知らないと答えは書けない。考えて出る答えじゃない。それは年号も同じだし、英単語も変わらない。数学の公式も覚えないと、問題は解けないと思うのは俺だけだろうか?
そんなやる気のない状態なのだから、この現状を父親に見せ理解させるしかない。手に負えないことを分からせるしかない。
妹を連れリビングに戻り、状況の説明をした。
妹は悪びれるでもなく、楽して成績をあげたいと言い張る。そして出た我が家の呆れた答えは、妹の意に沿うように勉強法を工夫して教えろ、だった。
リビングから台所はすぐそこだ。
ほとんどの家の台所には包丁がある。いまこの瞬間にこの家のすべてを終わらせてしまいたい衝動が湧き上がるが、こんな奴らのために人生を棒に振るいたくない。俺は妹に今夜さっき示した範囲のテストをする。
その工夫とやらをして、満点を取れるように努力しろ、俺にはそんな名案はない。家族三人で相談してくれと家を飛び出した。
自転車にまたがり、どこでもいい。この家から少しでも遠く離れたかった。
こんな場所には居たくなかった。もうどうなってもいい、そんな気すら思い始めていた。
汗だくで、これ以上ペダルを
もう、あんな家はいらない。
必要ない、どうせ俺の受験勉強の邪魔をして、失敗させて、努力が足りないやつは就職しろとか言いたいんだろう、完全な罠じゃないか。
ポケットからスマホを取り出そうとして何かが落ちた。拾い上げると先生の家の鍵だった。
俺には先生がいる。
卒業したら大手を振って先生と会える。こんなところで死んだらつまらない。今まで我慢できたんだ。あと、少しもう1年切ってる。その間だけのことじゃないかと、自分に言い聞かせようとした時、不意にスマホが鳴った。
俺は先生だと、期待したが違った。想像もしてない人物、
『あの子のこと見ててあげて』
数時間前、複雑な思いを抱きながらも先生が俺に告げた言葉。スマホを投げ出したくなる衝動を抑え電話に出た。
▢作者より▢
舞台を見守ってくださり感謝、どうぞご自愛ください。
アサガキタ。
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