第15話 救って欲しいの。
「帰っちゃうんだ……」
薄いパーカーをとりあえず
しばらく会えない間に強気な口調に変わっていた。教師としての威厳を出したいのか、なめられないようにか。でも、そういう強気な口調の先生はなんか目新しくていい。
その合間に、昔と変わらない女子のような言葉遣いが混ざり合うのも、またいい。この会話を楽しめるのは俺だけなら、なおいいのにとほんの少し不安になったりもする。そんなセンチメンタルな朝。
――強気な口調に変り大人の女性になったはずなのに、このありさま。今生の別れでもあるまいし……家族は俺がやることに興味はないとはいえ、何かとチクろうとする妹がいる。その材料は与えたくない。雑音が増えるだけ。
センチメンタルはほどほどに、俺は俺の現実と向き合わないと。
「帰らないと結果的に先生に迷惑掛けることになります」
「また先生って呼ぶ! 体が離れたら心も離れるの?」
強気な口調にバージョンアップしたハズなのに。およよと
「聞いて! 先生ね、1人くらい養えるよ? だって先生ね公務員なんですもの!」
ダメだーダメな男製造機の発想だーどうすんだ、俺がヒモ希望だったら? 先生は完全にカモネギ状態なんだが。カモネギならワンチャン、食べてもいいのでは……
「せめて駅まで送る」
ようやくスウェットのズボンを先生は履いた。結構な肉厚の太ももが隠されるのは残念だけど、その太ももが見えてる限り俺は帰れる自信がない。
「いいです。始発なんで送ってもらったら目立ちます」
「でも〜」
寂しい……ぽろりと泣いた振り。よし、ベットに戻ろう。こういう演技じみたのは好物だ。とはいえ、家に一度帰らないと面倒だ。うちの家は普通の家とは違う。何を言い出すか想定できない。
「先生。真面目な話、見上げ坂高校の時、担当してない生徒でも先生のことは覚えてますよ、顔くらい。先生側からしたら、覚えてない生徒もたくさんいる」
教師目線と生徒目線は違う。教師は注目されるが教師からは生徒の数はあまりにも多い。教科担当しなかった生徒まで覚えている方が不思議だ。
「先生単発で見ても気付かなくても、俺とセットで見たらわかるってことあります。それがこんな早朝、しかも先生はスウェットでスッピン。普通に考えて一緒に泊まってるなんて誰でもわかります」
そんなことになれば秒で学校の裏サイト行きだ。先生が高校となんのゆかりもない社会人ならいざ知らず、教師の世界はきっと狭いはず。
「駅まで歩いて15分です」
「そうだけど……」
「誰かに見られたら二度と来れませんよ」
「それはヤダ……」
駄々っ子のように足をじたばたする。案外大人女子の方が可愛くないか。
「あと、ご近所は先生が教師だと知ってます?」
「また先生、先生って! ん……それは大丈夫。誰にも言ってない。教師ってバレると意外とめんどくさいらしいから」
そうなんだ、そういう情報は教師間で共有されてるんだ。それなら学校に身バレはないか。とはいえ……
「なにか言い訳考えないと。明らかに高校生の俺が、出入りしてるのはおかしいですから」
「それもそうか……恋人じゃダメなの?」
「ご近所になにアピールしたいんですか。もし学校の関係者、例えば生徒の家があったらダメでしょ? そうじゃなくても近所の人から高校生の彼氏がいるらしいよ? なんてなったら面倒です」
「それは……まぁ……はい。シュン」
口でシュンと言われてもなぁ……かわいいけど。
「弟ってのは? なんかすっごく、拒否反応あるけど……」
確かにいざという時弟というのはありかも知れない。
「やっぱし、従姉弟は?」
「先生、従姉弟は微妙です。現実従姉弟間は結婚できます。だから泊まるとなると若干違和感があります。いい考えが浮かびませんが姉弟っていうのが無難かもです。ただ積極的に言う必要ないです」
「うん、わかった。弟の
「そうですね、
先生は少し顔を赤らめて俺をじっと見る。マズい、これは少しアリだと思ってる目だ。かく言う俺もアリだと思ってるし。このままじゃ、寝室逆戻り待ったなしだ。
イチャイチャもいいんだけど、実はきのうから先生の従姉妹で義理の妹、
それは俺だから。
普通じゃない家庭環境で育った俺だから感じる匂いがある。先生は実家の話をしない。これは明らかにその話に触れる事避けているレベルで。同じように義理の妹、海野岬のこともそうだ。
きのうの電話。
仲良さげではあった。しかし、先生は俺が泊まるかもという事を隠すために平気で嘘をついた。
それはそれで普通だ。なにもかもに正直になる必要はない。俺が問題にしてるのはどこか突き放した空気を感じた。
それがなんというか、自分からではなく俺から突き放した感じがした。言葉の端々にはヤキモチかもと思える節はあるが、実際どうなんだろう。
「先生、聞かせてもらえませんか。ちゃんと教えといてくれないと、俺は確実に地雷を踏みます。そうしたらケンカすることになる。1年以上空白の時間を過ごしたんです。ほんの一瞬でも無駄にしたくない。あと俺は先生に例のわら半紙の感想文を届ける事と同時に、文化祭の手伝いを約束させられました。先生の義理の妹さんに。関わらないわけにはいかないんです。それに興味もあります」
「興味って……岬に?」
先生の顔が言葉が冗談を言ってるんじゃないことがすぐに分かった。やっぱり何かある。先生がこんな表情するなんて普通じゃない。苦悶と言っていいその眉間に現れた苦しそうな
「お母さんのこと、ですね」
先生は首を振り大きなため息をついた。
「そう。あの人はお母さんが病室で苦しんでるのに、叔母とそういう関係になったの。結婚も3年、岬が高校出るまで待って欲しいって頼んだんだけど。実はね山県君。私、正直岬のこと信じてないの。叔母と同じ目で私を見るの。あれはね、人のモノが欲しくなる目。私、きっと岬に君を取られるわ。君は覚えてないと思うけど、君の1年生最後の委員会。君がある委員に選ばれたのを見て、あの子立候補したの。あの子、知ってるかな……少しコミ症なのよ。なのに立候補してまで君に近付いた。あの子はその時すでに知ってたのよ、私と君が親しい関係になりつつあるのを。でもね矛盾してるの。警戒してると同時に同情もしてる。だから私が君にお願いする言葉も矛盾だらけ。山県君、お願い岬をひとりにしないで」
苦悶の表情から懇願する顔に。言葉に出すまでもない。あの人と表す人物は先生のお父さんで恐らくお父さんの再婚目的は、先生の叔母さんではなく海野岬本人なのだ。
海野さんの追い込まれた状況を救って欲しい。でももし俺が手を差し伸べたら、ふたりの仲は急接近するだろう。それでもなお救って欲しいと願うのは、冗談なく待ったなしなことを俺に告げた。
▢作者より▢
読んでくださる皆様へ感謝とご健勝を祈ります。
アサガキタ。
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