第10話 共依存でもいい。

「えっと、黙って転勤したのはすまなかった。そう君は考えるだろうって思っていた。あの恋文みたいな小説が原因で転勤したんだって」

 先生は正座したままでぺこりと頭を下げた。その行動と言葉があまりに想像してたのと違う。

「違うんですか? 無理してませんか」

「あぁ、ありがとう、大丈夫だよ。無理はしてない。教師の異動は意外に急なんだ。春休み入ってすぐだった。こう見えて、私は私でショックを受けた。君にどう伝えよう、信じて貰えるだろうか。いや、この際だ。恥を忍んで言おう――私は君と離れたくなかった。それがどのくらいかと言えば、君が上がる2年生を担当できるだろうか、そんな事ですら心配をする教師なんだ。私の心の落ち込みも理解して欲しい。これは信じて貰えないかもだが、離任式に出なかったのはインフルだったんだ。いつか言い訳出来る日が来たらと、これを取ってた」


 先生が差し出したのは病院の診察券と、調剤薬局から出された薬の説明が書かれたプリント。一般的にインフルエンザで処方される有名なもの。そして日付も、先生が転勤した4月初旬のものだった。蓋を開ければこんなものだ。

 それに俺に言い訳したいと取っておいてくれたのも、うれしかった。言い訳する価値がある関係だと思ってくれてたんだ。それが知れただけでも、有難い。次は俺の番だ。


「あの小説みたいな恋文は先生に宛てたものです。でも、なんていうか怖くて。俺は高校生じゃないですか。だから微妙にぼかしました。たぶん、言い訳出来るように無難にしたんだと思います」

「山県君、あの……あの内容で無難なのか? あれでぼかしたのか? むしろ、先生は君の『無難』とか『ぼかした』というガイドラインが知りたい。うん、でもうれしかったんだ。君が自身のこと高校生っていうように、私は教師だ。なに真に受けてんだとか、言われたら数日は楽に寝込める。ショックでな。あっ、待って、君のぼかしたって箇所をぜひとも教えてくれないかい?」


「えっ、そんなの覚えてないです、原本ないですし」

 俺は恥ずかしさから、すっとぼけた。

「――君は存外ぞんがいめが甘いな。原本ならここにある」

 なぬ⁉ しかも取り出したるはラミネート加工したA4用紙……どんな罰ゲーム? 恋文の添削するの? 即死確定じゃないか。

「なんでラミネートなんです?」

「なんでとはどういうことだい? それは大切だからだよ。お風呂とかだと濡れてしまうからね」

 お、お風呂で読むの? 俺の若気の至りを? 黒歴史を? 意識が段々遠のく。


「仕方ないだろ、これは私が生涯で初めて貰った恋文ラブレターなんだ。しかも君からだ。だから、これも今日届けてくれたわら半紙の感想文も宝物なんだ。すまない、私も思いのほか乙女だろ?」

 それから先生は冷蔵庫にある食材で料理してくれた。それをふたりして、おいしいねとか、焦げちゃったねとか言いながら食べた。

 いい時間になっても、先生も俺も帰るとも、帰ったら? とも言わなかった。先生にとって決していいことじゃないとわかっていても、まるで腰に根が生えたように立ち上がらなかった。

 トイレに立とうとすると「えっ」みたいな顔で先生が見る。どうやら帰ろうとしていると勘違いしたらしい。バツの悪い先生は大袈裟に咳ばらいをする。

 先生は俺の家庭のちょっとした事情を知っていた。先生に何度か聞いて貰っていたから、どうしても帰らないといけないとは思ってないようだ。両親は俺には興味がない。犯罪行為で自分たちに迷惑さえ掛けられないなら、それでいいまである。


「こんな時間だけど、コーヒー飲む? ご家庭用だから味は期待しないで欲しいが、私は好きなんだ」

 そう言って立ち上がった時、先生のスマホが振るえた。疑い深い俺は彼氏かもと思ってしまった。そんな俺の疑い深さを知ってか知らずか、先生はスマホの画面を俺に向けた。画面には――

『岬』と表示された。海野岬。今日ふたりを再会させた張本人で、先生のお父さんの再婚相手の連れ子で、その再婚相手は亡くなったお母さんの妹さん。なので、ふたりは従姉妹になる。


「――もしもし、どうした? うん、貰った? えっと……山県…君だったか? 駅前の、そう。ん? すぐ帰ったが? 用事あったんじゃないかなぁ、座りもしなかったぞ。えっ? 違うさ。あの感想文はよかったから。感想文苦手な生徒の参考になればとね、そう。急に思い出したんだ。じゃあ、また……」


 先生はソワソワとスマホを切った。

「息を吸うように嘘を付くんだ」

「だって仕方あるまい! じゃ、じゃ、じゃあ、なんて言うんだ、まだ彼は家にいて、スウェット着ていて手をつないだりしてるんだって言うのか? 朝までいてほしいって言えないじゃないか……これでも私は……教師なんだ」

 先生は嘘の言い訳に混ぜて、本音を潜ませた。あれ、木を隠すなら森っていうけど、全然隠せてない。不思議だ。

「ダメか?」

 急に甘えた声で上目使いをする。ズルいくらいの破壊力。元々帰る気なんてサラサラない。息苦しいだけの我が家。寝るだけの我が家。可能なら早く独り立ちしたい。


「ダメじゃないです。ちゃんと計画もありますし」

「――計画? どんな計画だい。先生が添削してあげようじゃないか」

「嘘をついて外泊する添削を先生がしてくれるんですか? 斬新だな。まぁ、いいですよ、駅に自転車を停めてます。さっき大野に、そのツレです。そいつに今日泊ったことにしてもらってます。大野は今日朝までコンビニでバイトで帰りに合流します。大野の家に釣具セット置いてるんです。朝暗いうちに釣りに行って、今帰ってきた、みたいな演出をします。釣り具一式あれば十分です。どうせ家族は俺に興味なんてない」

「すごい、君だって息を吐くように嘘をつくじゃないか、そういう意味では私と君とは同類だ。この際、同類相哀あいあわれむのも悪くない」

「いいですね、共依存でもいい。だから――やっぱ帰れはナシです。もう終電の時間過ぎてるんですから」

 俺は泊まることをそれとなく宣言し、先生は先生で当たり前のように聞いていた。さっき中断されたコーヒーを淹れてくれた。当たり前のように隣に座り、当たり前のようにほんの少し肘が触れた。

 先生は「そうだ」とスマホを取り出し、お互いの連絡先を交換することにした。高1の頃は別の学校になるなんて考えもしなかった。

 それに、先生の連絡先を聞くのは少しハードルが高過ぎたし、聞いていいのかもわからなかった。そんなよくわからない遠慮のせいで、2年以上音信不通。

 海野さんが交換条件を思いついて無ければ、今頃お互いは再会することなくお互いの居場所にいただろう。


 ▢作者より▢

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 また明日、物語の花を咲かせましょう。


 アサガキタ


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