第8話 それでも俺は――

「先生、年下からのお説教いいですか?」

 俺は有り難くシャワーをいただき、先生が買ってくれた新品のシャツやら下着、スエットに身を包みながら苦情を言う気満々。

「なんだ? 私を差し置いて先にお説教かい? いいよ、聞こうじゃないか。これも大人の余裕というヤツだ」

 おっとりした見た目。そこに騙されてはいけない。先生はこう見えておっとり系負けず嫌い。そして結構キツイ面もある。付け加えるなら案外好き嫌いがはっきりしている。

「先生はあまりにも迂闊うかつです」

「なにがだい? 君をこの家に招き入れた事がかい? 一応言うが私は信用していない人間を家に入れたりはしない。そして、唯一男子として家に入れるなら君だと決めていた。そんな私に対して迂闊とお説教するなら、敢えて言おう、笑止と!」

 教壇では結構おどおどしてたクセして、どうして俺にはこうも堂々としているんだ。しかも言葉遣いも強気。これでは本当に姉弟きょうだいじゃないか。姉弟としか見れない、なんてルートを回避するためにここは俺も大人の対応で行こう。


「笑止どころか、大爆笑です。覚えてないですか? 俺の小説と見せかけた恋文を」

 その言葉に先生はたじろぐ。ソファーの上で正座なんかして、まだ乾き切ってない髪を指先で弄ぶ。白々しく吹けもしない口笛を吹こうとする始末。

「覚えてないわけないだろ、あれは……」

「あれは何です、この際はっきり言ってください」

 先生はあの小説風の恋文に関して何も言葉にしなかった。あまりのことにドン引きして言葉が探せなかったのか。国語教師の語彙力すら破壊する恋文とは、これいかに。


「だからあれは……」

「あれは?」

「君は案外せっかちだな、そんなに早く帰りたいのか? やっぱり岬とこの後会うんだろ、そして言うんだ『先生、しつこくてさ……』って、わ、私はそんなにしつこいか⁉ どこがどうしつこいか、教えてくれたら善処するが……」

 明らかに妄想。しかも俺が言いそうな陰口を絶妙にチョイスしてくる。流石国語教師。

「先生こそ、俺のことしつこいと思ってませんか。どうせ、海野さんが来ようとしてたのを横取りしてまで、会いに来たとか思ってるんでしょ」

 自分で言っておきながら、これはなかなか(自分に対して)破壊力があった。そしていかにも俺がしそうだ。自分の言葉で頭が真っ白になるのは、初めての経験だ。


「その……お互い一度冷静になるというのはどうだろうか、これではまるで、長い間会えない恋仲の関係のふたりが寂しさをぶつけ合って、ケンカしてるみたいじゃないか」

「それは……ごもっともです」

 そう言いながら、恋仲なんて言葉を使う先生が憎くもあった。期待させて何が楽しいんだろうか。

 とはいえ、ひとまずお互い深呼吸して、なぜかソファーに正座で向かい合った。バカみたいな絵面だけど、本人たちは真面目も真面目。


「聞いていいかい?」

「どうぞ」

「じゃあ……うん。ずっと聞きたかったんだ。君の書いたあの小説。恋文のような小説の話なんだが」

「はい、正確には小説のような恋文ですけど。今となっては、どっちでもいいですが。それがなにか?」

 針のむしろとはよく言ったもので、まさに今の俺がそうだ。なにせ、今のお題が俺の最大級の黒歴史、国語教師に恋をした哀れな高校生の末路なのだから。


「笑うなよ、いやいっそ笑いたければ腹を抱えて笑ってほしい。その方が私の気持ちに整理がつく。あの、君が言う小説のような恋文はその……私に宛てたものなのだろうか――実は大人げなくも私はそうであって欲しいと願ってしまったのだ。その……あの時。私は大学を出たところで、勉強ばかりしているような青春を送ってた。夢叶って教師になれたものの、どこか空虚だった。答えは簡単さ、恋なんてしてなかった。ガリ勉というんじゃないんだ、勉強が楽しくて仕方なかった。気付けば初恋も知らないまま大人になっていたんだ。このまま取り残された様に年を取っていくのか、そんな諦めをした時に、君のあの感想文――そう、これに出会った」

 先生はテーブルに置いてあった、あのわら半紙の感想文のクリアファイルを胸に抱いた。


「君は笑うだろうが、衝撃的だった。正直言おう、私はこの感想文に恋をしたんだ。だから、すぐに君を呼び出して貰ったんだ、担任の坂口先生にな」

 流石の俺も「担任は吉田です」とは言えなかった。

「君との時間はまるで夢のようだった。私は図々しくも、ほんの1つか2つ年上の先輩みたいに君と接していたんだ、勉強ばかりの青春を送ってたからね、こんなルートも実は私にもあったのかもって。そう思うと本当に夢のようだったんだ」

 先生はひとり遠い目をした。その目が俺に別の不安を抱かせる。先生にとって、やっぱり俺は、単なる思い出の中にだけ生きる人物になってしまったのではないか、いい思い出になって、懐かしいね、あの頃はよかったね、だけの意味しか持たないのではないだろうか。だから、不安を消すために俺は質問した。


「それで、先生の夢は終わったんですか?」

「そう来たか、どうだろう? もし、私が君に夢をもう一度見せて欲しいなんて言ったらどうする、君を困らせやしないかい? 恥ずかしいなぁ、いい歳をして私は何を言ってるのだろう」

「先生、俺が困る困らないなんて、結局はどうでもいいんです。どうして単純に俺に夢を見せてって……言ってくれないんですか? 俺なんて困らせたらいいんです。それとも俺がまだ高校生で、先生から見たら子供だからですか? いや、それより先に聞いてください。あのタイミングで、どうしてあの小説みたいな恋文を、自分に宛てたものだって思ってくれなかったんですか。疑問の余地なんてないでしょ、だって俺は先生しか見てなかった。でも、先生はあの後すぐに転勤して、離任式さえ欠席したじゃないですか。そんなに俺に会いたくないんだってなりませんか? それと怒らないでください、海野さんに聞きました。実家を飛び出したって、事情もサラッとは聞きましたよ。それでもやっぱり先生は俺を避けたいんじゃないかって思う自分が今でもいて――だから俺は――」


 次の言葉が出なかった。俺は不意にふわりとした何かに包まれた。考えるまでもなく、それは先生で先生は俺の首に手を回し、頬をり寄せ呟いた。

「それはすまなかったな、その自信が持てないでいたんだ。勘違い女だって思われたくない、ささやかな保身も少しは理解してほしい。君が思うほど私は大人じゃないんだ。それを踏まえたうえで君のお説教を聞こう。出来たら気心を加えてくれるとありがたいんだけどな」

 気心どころか、俺はこのままソファーの年上女子を押し倒したい衝動を、ギリギリ我慢した。


▢作者より▢


星影の下でまた物語を紡ぎます

アサガキタ。




 


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