第7話 柔らかな殺意に包まれ。

 先生の家は意外にも一軒家だった。

 古びた古民家。平屋作りで縁側まである。猫が昼寝してても少しもおかしくない。知り合いから格安で譲り受けたらしい。住む人がいなくて空き家同然だった家を、先生がいちから片付けてきれいにしたそうだ。

 納屋のような車庫があり、そのまま玄関に通じる小道がある。そこを抜けた先が先生の家。なんとなくだけど、この雰囲気が先生らしさを感じた。

 引き戸をガラガラと開けると土間が広がっている。そこには映像の中でしか見たことがない世界。日本の原風景みたいな空間。


「どう、ちゃんと私の靴しかないだろ?」

 ちょっとどこか誇らしげ。

「ここだけでは判断できません。意外にそういう対策出来る子なのかもです」

 先生は「出来る子」ってと苦笑した。本気で疑ってる訳でもないし、疑っていい関係でもない。

 単に自分の思考の焦点を故意にずらしたかった。先生と俺は教師といち生徒に過ぎない。そう言い聞かせないと、あの日の小説に見せかけた恋文みたいなことを、またやってしまう。

 それに先生が俺を自宅に招き入れた目的は、俺の過去の恋心に終止符を打つためだろう。下手な期待は禁物。傷を広げるだけだ。先生がもしそう思ってるなら、俺は先生のその気持ちを有難く受け取り、先生の事を考える時間を少しだけ減らしていけるかも。それが望む、望まないを別として。


「どうした、上がって上がって」

 先生の声が妙に明るい。それが逆に不安に感じるのは俺が素直じゃないからか。それとも何かを感じ取ってるからか。焦らずとも答えはもうすぐ出る。それは避けようのない答えだから。


「少し待っててくれないかい。着替えてくる」

 居間に通された。居間と言っても畳こそあるが、ゆったりとしたソファーがあり、テーブルもある。テーブルには新しいデスクパソコンが、当たり前のようにあった。どうやら、先生が自宅で過ごすのはこの居間が中心らしい。小さく手を振る先生に、最後に近いかもの冗談を言う。

「先生。男子高校生とふたりっきりの密室で着替えとか、正気ですか? 後悔しますよ」

「ん……実は君の時間が許すなら、軽くシャワーを浴びたい気持ちもあるんだ。意外に先生という職業は汗をかく。もし仮に君が覗いたとしてもそれは私の不注意だ。もちろん、覗いていいとまでは言わないよ。でも信じてるって言葉が、君にはそれなりにかせになるだろ? これでも君のことは知ってるつもりだ。君はえっちな軽口を叩くが、もし仮に私が一緒に浴びないかと提案しても、君は大汗をかいて逃げる。君はそんなヤツだろ?」

 何も言えない。実際覗きたい願望はあるが、それで嫌われていいという勇気はない。そんな俺の思考に先生は追い打ちを掛ける。


「さっきのコンビニで簡単だけど君の着替えを買った。下着とスエット。最近のコンビニは便利なものだな。おっと、減らず口の君のことだから『彼氏のお泊り用でしょ』とか言い出しそうだから、残念ながらレシートは袋の中に入ってる。後で君も浴びればいい。もしよければだけど、積もる話もあるだろ、お互い」

 背を向けようとする先生。年上なのはわかってる。でも、何もかもお見通しみたいなのが少しカチンと来たので、ぎゃふんと言わせたい気持ちに火が点いた。俺は先生から渡されたコンビニの袋の中の着替えと、レシートを見るフリして口を開いた。


「先生大変です」

「ん? サイズ違うか? Lくらいだと思ったんだけどなぁ……スウェットはフリーサイズだし」

「いえ、サイズは問題ないです。問題は先生、アレ買い忘れてます」

「買い忘れてる?」

「はい、です」

「アレ……とは? ア…レ…か?」

「はい、


「き、君という子は、ど、ど、ど、どうするつもりなんだ⁉ 君は知らないだろうけど、私はいま精一杯大人になった先生を演じようとしてるんだ、それを君という子は‼ よし、わかった、あとで特大のお説教をしてやる! 今のうちに家の方に遅くなると連絡しておくんだな! なんなら帰れないと伝えても構わない!」

 ぷりぷりしながら、大人を演じようとした先生は大人げなく居間を後にした。先生はああいうが、残念ながらうちの家族は、俺が在宅かどうかなんて少しも興味を持たない。

 逆に変に連絡して勘繰られるのも面白くないので、連絡はしない。代わりにツレの大野の家に、今日泊ったことにして欲しいとメッセージした。

 あいつはあいつで、今日朝までコンビニバイトだろう。コンビニには26歳フリーターということにしているらしい。個人経営のコンビニなのでその辺ゆるい。それからしばらく待ったが先生は戻らない。もしかしたら俺の覗き待ちかも知れない。

(んな訳あるか~)


 そんなことを心の中でつぶやいていると、先生は顔を真っ赤にして見るからに「私怒ってるんだからな! もう!」みたいな目で戻った。これは少し、いややり過ぎたかも。

 久しぶりの再会。どこかであの時の気持ちに、終止符が打たれるのかも知れないと感じながら、せめて最後はふざけて終わりたかった。笑顔でいたい。なので、少し空気が読めてなかったのかも。謝るために適切な言葉を探そうとしていたが、先生は待ってはくれなかった。


「私、君がシャワーしてる間に、コンビニで買ってくる! 何だと言うんだ、彼氏もいないからとめてるんだろ? もういい! 教育委員会がなんぼのもんじゃい! のらりくらり言い訳して無罪放免にしてやる! そのくらいの覚悟が出来た上で、私をからかったんだろうな!」

 あっ、ダメな方に目が座ってる。先生ったら酒も飲まずに出来上がってる。えっと、今からその……俺の先生への気持ちに終止符打たれるんですよね? アレ使ってる場合ですか? でも、口の減らない俺はもう一丁、余計なことを放り込んだ。


「でも、先生。そう言いながら、結構な年下にマズくないですか? こう見えて俺、動画とかガチで見てますから、そこそこ出来る子だと思うんです、予習はばっちしです。聞いてます? 先生」

 先生は頬っぺたをパンパンに膨らませ、真っ赤な顔して居間にあったクッションを振りかぶった。

 あっ、柔らかな殺意感じる。


「この! 地獄に落ちなさい‼」

 放り投げられたクッションと共に、俺は一目散に風呂場へと駆け出したのは言うまでもない。先生の口から「童貞」と聞けただけで、童貞身寄みよりにきる。生きててよかった。


▢作者より▢

次の一歩も共に歩んでください


アサガキタ。







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