第6話 ずっと探していた。

「山県君、久しぶりだな。お腹すかないかい? なんならこれからファミレスでも行かないかい?」

 信号で停まる度、後部座席で身を隠す俺に笑顔を振りまくが、先生は俺の言葉の意味を全然理解してないようだ。

「先生。週末の放課後にしかも他校に転勤した教師と生徒がファミレスでご飯してたら変でしょ? それこそ教育委員会案件ですよ」

「だって、そこは久しぶりだし……偶然こんな風に会えたのだから……」

 誤解してるようだが、俺は意地悪を言ってるのでもなければ偶然でもない。俺は次の信号で停車したことを確認して、海野さんから預かったクリアファイルを鞄から取り出した。


「あっ……ありがと。ずっと探してたんだ。でもなんで山県君が持ってる?」

「先生は天然ですか? 頼まれたんです、海野さんに。交換条件まで付きつけられて」

 考えてみれば不平等条約だ。お使いをさせられた上に、文化祭のお手伝いをさせられるなんて、なんてヤツだと思いかけた時、先生の目が明らかに曇った。

 やっぱり、実家のこと――お父さんが、亡くなったお母さんの妹さんと再婚したこと、知られたくなかったんだ。土足で踏み込んでしまったのかも。


「ふたりは……あれか? 付き合ってる感じなんだな、ははっ…先生全然知らなかった、なんだ、早く言ってほしかったな」

 あからさまに取り繕うような言葉と引きつった顔。うん、相変わらずの正常運転。

「実は俺も知りませんでした。ふたりって俺と海野さんですか?」

「うん、岬ちゃんいい子だから……」

「そうですね、先生の従姉妹ですし。でも、本当にいい子ですか?」

「えっ、なんだい、もうケンカしたのかい? お似合いだと思うのだけど……」

 先生はおっとりとした顔。穏やかな性格なのだが、どこかの瞬間に思考暴走する時があった。そのほとんどが的外れ。


「お似合いかはわかりませんけど、いい子ですか? 本当に。今考えたらをエサに文化祭手伝わされるハメになりそうです。ちなみに付き合ってませんよ、今日、久しぶりに声かけられるまで海野さんのこと忘れてたし、ぱっと見、わかりませんでした」

 コンビニの駐車場に先生は車を停めた。いい判断だと思う。先生は器用じゃない。一度にいくつものことが出来る人じゃない。俺は海野さんから預かったあの日のわら半紙がじてあるクリアファイルを先生に渡す。

「岬ちゃんと付き合ってないなら、ファミレス行ってもよくないかい?」

「なんでそうなる?」

 思わずツッコミを入れた。


 コンビニの駐車場。

「なんで、岬ちゃん知ってんだろ?」

 これは、なんで俺が先生に好意を持っているのかという疑問らしい。それを素で言ってしまうところが、なんか強い。

「そりゃ、あの時の俺は……」

「あの時の山県君は?」

 言わせる気なのか。きょとんとした顔で運転席から振り向く。外はいい感じに暗くなってきていたので、人目はもう大丈夫だろう。

「隠してなかったと思うんです、先生を好きなこと。ちょっと気にして見てたら誰だって気付きますよ」


「好きなこと……」

 外はいい感じに暗くなってきていたという事は、もちろん車内もだ。しかし、その薄暗くなった車内ですらわかるくらい、先生の顔はうなじまで真っ赤になった。違和感は感じた。俺が先生に小説と見せかけた恋文が原因で、距離を取るため転勤したのだと思っていた。思ってた反応と色々違う。だから思い切って聞いてみた。


「先生、俺のこと迷惑だったんですか」

 簡単なひと言のはずなのに、その簡単な問い掛けを俺は先生と会えなくなった時間ずっと考えていた。考えすぎて、きっとそうに違いないという結論にたどり着いていた。だけど、いやだからこそ、その答えを確かめたかった。

 前を向くためとかそういう、意識高い系の建設的な話じゃない。これ以上、心の奥底が痛まなくて済むように。これ以上泥のような思考の迷宮をさ迷わないで済むように。

 それは単に先生を好きだったという気持ちからの逃避に過ぎない。見れないなら、届かないならいっそ忘れてしまいたいから。


「迷惑じゃないさ、うん。でもそう思わせたね、ちゃんと説明する機会なかったから。これは言い訳だ」

 そう言って先生は車を降り、コンビニに入りコンビニの買い物にしては大きなレジ袋を2つ手に戻ってきた。

 そして無言のまま車を駐車場から出した。すれ違う対向車のヘッドライトに映し出される先生の横顔が、怪しいくらい色っぽく感じた。こんなこと考えていい関係じゃないのに、俺の頭の中は先生のことでパンクしそうになる。

「ウチ……来ないかい? ファミレスじゃダメなんだろ? まるで、禁じられたふたりみたいだ」

 冗談なのか、本気なのかわからない。

 先生は反応できないでいる俺に少し困ったのか、自嘲気味じちょうぎみに笑った。その笑顔ですらきれいだった。手を伸ばせば届く範囲に先生がいる。あの時は当たり前だった、ふたりしかいない国語科準備室。

 今こうしてあの頃みたいに、ふたりだけの空間で息をしているのが、宇宙の奇跡とさえ感じた。それと同時にこの時間が永遠ではないことも、どこかで感じていた。


「行っていいんですか。俺は無駄に勘がいいです。彼氏の歯ブラシとかシャツとか、靴とか目聡めざとく見つけます。それで勝手に……」

「勝手に?」

「落ち込みます。見た感じは拗ねます。先生の部屋なのにひとりにして欲しいとか言い出します。そんなの迷惑でしょ」

 もう口調がすでに拗ねてる。最初は先生に対抗して自嘲気味に話すつもりだった。それがこのありさま。こんなヤツだったんだと、自分を再認識するにはいい機会だけど、出来たらそれはひとりの時がよかった。


「えっと……こういう時って若い子ってどういうんだい?『彼氏ってなに? それおいしいの?』って言えばいいかい? 先生はな、こう見えて勉強ばっかしてた。だから彼氏いない歴イコール年齢なんだ。涙で前が見えない……」

「危ないから拭いてください。それは俺も同じです」

「えっと、岬ちゃんは……」

「先生にお届け物するように、いいように使われる関係です。いうなら山県急便です。あと――」

「あと? なんだい」

「言いにくいんですけど『最近の若い子』ってなんか、おば――」

「言ってもいいけど、その先。山県君を亡き者にして、私も後を追う覚悟はあるのだが。それでもいいなら、聞こうか」

 とんだイカれたマッド教育者に先生はなっていた。俺は今から監禁されるのだろうか。ハンドルを握る先生のメガネが怪しく光った。


▢作者より▢


次回も静かな夜にてお会いしましょう。


アサガキタ。




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