第5話 思い出の中の先生。

「――で、先生の持ち物を勝手に読んだと?」

 焦点をずらしたかった。このままでは、よく知らない1度だけ同じ委員会だっただけの同級生に先生への思いがバレそうで、見透かされそうで視点を変えさせたかった。


「うぅ……それに関しては、素直にごめんなさい。その……ついなの。だって花梨ちゃんって知ってる? なんにもこだわりがない人なの。服も靴も鞄も! かわいいのに、いっつも同じようなのばっかだし、化粧もほとんどしないし、どう見られるかとか、どうでもいいのかなぁ、なんて思えちゃう感じの人じゃない。清潔ならそれでいいって感じしない?」

 たしかに、そうかも知れない。清潔感があれば、デザインとか特に気にしてる感じじゃなかった。着ているブラウスも、ほんの少し色が違う同じようなデザインの物だった。それは職業柄そうしてるのかと思っていた。先生にとっては学校が仕事場だから、おしゃれをする場じゃないと、どこかで思っていたが私生活もそうらしい。


「そんな花梨ちゃんがだよ。何年も前に置いて行った荷物の中で、紙切れ一枚を大事にじたファイルを送って欲しいなんて、気にならないのが無理だと思わない

 ?」

 勢いでここまで話して、上目使いで俺をうかがう。


「――で、盗み見たわけか」

「だから、そこは素直にごめんなさい。反省してる。でも実際、名前は伏せてたけど授業で花梨ちゃん、読み上げたよ。こんな感想もあるんだ、ってどこか誇らしげに」

 そんなこともあった。ちらちらと先生の視線を感じ、知らん顔するのに苦労した記憶がある。

 まぁいいけど別に。その懐かしいわら半紙の紙切れがほんの少し、俺の心のどこかをえぐったのは気のせいだろう。もう、済んだことなんだ。過去は過去。


「大事なんだなぁって、君のことが」

 伸びをしながら、探るような視線は変わらない。しかし、この言葉は意外も意外。俺しか知らないとはいえ、俺は過去に小説に見せかけた先生への恋文ラブレターを送った経緯がある。その直後、俺が2年に上がるタイミングで先生は異動した。俺が原因と思う以外なにがある。

「まさか」

 吐き捨てるようではない、得意な自虐的に答えた。

「そう? でも1年のときふたりで話してるの見たことあるけど、花梨ちゃんこんな顔するんだって。だから」

「だから?」

 ざわりとした。そこには踏み込んで欲しくない。彼女は淡い恋心とでも思ってるのだろうが、そうじゃない。2年過ぎた今でも、苦い恋の痛みとして俺の脳裏にある。


「これは君が届けるべきだよ、その見返りとして――」

「待って欲しい。論拠がわからん。届けた上に見返りを要求される意味がわからない」

 正直、まるで魅力を感じないではない。先生に会う口実さえあれば――そう思わなくもない。でも、同時に拒絶される想像なんて簡単につく。

「なにはともあれ、その辺はとりあえず置いとこうか? やろうよ、文化祭! 最高に暑い夏! そして最高に暑い本書いてよ!」

 何が『なにはともあれ』だ。

 反論したいものの、そう言い残し海野岬は駆け出した。俺の手にはわら半紙の綴じられたクリアファイルと、先生との待ち合わせ場所と時間。


「アイツ……今日じゃねえか……置き配出来ないかなぁ……」

 心の準備が出来ないまま、俺は待ち合わせ場所のコーヒーショップに向かうしかなかった。ムカつきながら内心どこかで、きっかけを与えられたようにも思えた。もし、先生の反応がいまいちだった時「無理矢理頼まれたから」っていう言い訳まで用意されたような気さえした。


 今日は金曜で行きかう人波からは、いつもよりホッとした空気を感じた。見上げ坂高校の最寄り駅。俺がいつも使っている駅からほど近いコーヒーショップ。高校生が使うにはお高いので、俺は利用したことはない。そもそも喫茶店を気軽に使える程豊かな財政状況ではないのだ、俺のお財布は。


 先生と海野さんの待ち合わせ時間はもう10分程過ぎていた。もし、過ぎてないなら店員さんに頼んで、クリアファイルを渡して貰おうと思ったが、店内には既に先生と思われる後姿があった。意外にしっかりとした背中。ほんの少しのクセっ毛のセミロング。

 懐かしさと同時によみがえる、やらかした苦い記憶に固まりそうになる足。気付けば呼吸が浅い、思ってるより緊張してるらしい。覚悟を決め先生のいるテーブルに向かう。

 向かうはいいが、なんていう? お久しぶりです、か? あんな恥ずかしい恋文のような小説読ませた結果、先生は転勤したに違いない。会いたくて、懐かしさだけで会っていい人じゃない。

 だから転勤先の高校も誰にも聞かなかったし、聞けなかった。もし聞いてしまったら、我慢できなくなる。会いに行かずにはいられなくなる。今だってそうだ。これは海野さんに頼まれたから、だから仕方なく……そんな言い訳をこんな短時間で、何十回、何百回も頭で繰り返した。


 頭に血がのぼりながらも、俺はどこか冷静だった。俺は先生のテーブルに置かれた伝票ホルダーをそっとさらい、レジに向かう。背中に「あっ」という小さな悲鳴。幸い伝票がなくなったことに気付いた。俺の知る先生なら、気付かない可能性だってあった。

「ちょ……」

 慌てる懐かしい声とガタゴトと身支度を急ぐ物音。先生は案外ドン臭い。転ばないといいが……

 振り向きもせず伝票を確認し、千円札を店員さんに差し出す。おつりはあの人にお願いしますと、先生に渡して貰えるよう頼むと俺は店を出た。


 なんでこんなことをしたかというと、簡単なこと。俺と先生は生徒と教師。週末の放課後、駅前の喫茶店で待ち合わせていい関係とは思えない。普通に考えてない。先生に迷惑が掛るし、何より臨機応変とは程遠い人だ。人前でなにを言い出すかわからない。学校関係者に見られていい事なんて、ひとつもない。

 パンプスの音が背中に迫る。

「あの……山県君? その……ごちそうさま、かなぁ?」

 うん、やっぱり先生は先生だ。少し、何かがどこか微妙にズレてる。それが安心もするし、懐かしくもあるが残念ながら、ここは数年前まで先生が勤めていた高校の最寄り駅だし、俺はまだ在籍していて知った顔に見られたらマズい。


「車ですか?」

 振り向きもせずにたずねると、少しあがった息で「そうだけど……」と返事があった。こんな短い距離を小走りしたくらいで、息があがるなんて運動不足もはなはだしい。それさえも懐かしいけど、やらかした過去と人目がある。そのままの姿勢で早口で言う。

「車、行ってください。少し時間をおいて行きます」

「あっ……はい」

 状況がのみ込めてない先生は、何とも言えない返事をする。少し迷いながらも先生は駅前ロータリーを抜け横断歩道を渡る。その先には1時間いくらで停めることが出来る有料駐車場が確かあった。

 車を乗り換えてなければ、先生の車はベージュの軽だ。駐車場に沿った歩道の金網フェンス越しに見ると、先生はメガネを掛け車内で挙動不審にきょろきょろと周りを見回していた。

 俺は素知らぬ顔で遠巻きから先生の車に近づき、誰も見てないのを確認し、素早く後部座席に乗り込んで身を伏せた。


「あっ……久しぶりだな。山県君、元気にしてたかい? その……眠いのかな?」

 久しぶりに会う先生は呆れるほど呑気で、溜息が思わず出るほど眠たい事を言った。

「先生、前向いてください」

「えっと、これはその……サプライズか何かかい?」

 その発想こそサプライズだ。先生らしいといえば先生だ。しつこいが。

「違います、先生と俺は教師と生徒でしょ、こんなとこ見られたら困りませんか?」

「困る? 誰がだい?」

 小首を傾げる。どうやら本気でわからないらしい。

「教育委員会的にとかです」

 先生は小さな「あっ」という悲鳴と共に、おもむろにメガネをサングラスにかえた。今更感は拭えないが、車内いっぱいに広がる先生の懐かしい匂いにどこか安心した。


 ▢作者より▢

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 アサガキタ

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