第15話:不器用な愛の告白
全ての脅威が去り、広場には静寂が戻った。
ヴィクターは、恐怖で身体を震わせ、その場にへたり込んでいるエリアスの前にゆっくりとひざまずいた。そして、何も言わずに、力強くその華奢な身体を抱きしめた。
「……っ!」
突然の抱擁に、エリアスは息をのんだ。ヴィクターの鎧は冷たいはずなのに、彼の腕の中は不思議と温かかった。強く、それでいて壊れ物を扱うかのように優しい力で抱きしめられ、エリアスは自分が守られたのだと、ようやく実感した。
ヴィクターの腕の中で、彼の心臓が激しく鼓動しているのが伝わってくる。耳元で、かすれた声が聞こえた。
「……お前を、失うかと思った」
その声は、かすかに震えていた。
「その時、心臓が凍りつき、世界が終わるかと思った」
それは、ポーションの力によってもたらされた借り物の感情ではなかった。ヴィクター自身の心から、魂から絞り出された、切実な想いの告白だった。
エリアスという存在を失う恐怖が、彼の呪いを一時的に打ち破り、本当の感情を呼び覚ましたのだ。
その言葉に、エリアスの瞳から堰を切ったように涙があふれ出した。怖かった。もう二度と、この温もりに触れることはできないのだと思った。
「ヴィクター……! ヴィクターが無事で、よかった……!」
エリアスもまた、ヴィクターの背中に腕を回し、その胸に顔をうずめて泣いた。互いの温もりを確かめ合うように、二人はしばらくの間、固く抱きしめ合っていた。
この事件をきっかけに、二人は互いが、自分にとってどれほどかけがえのない存在であるかを、痛いほど強く自覚した。
やがて、ヴィクターはゆっくりと身体を離すと、エリアスの涙で濡れた頬を、手甲を外した無骨な指で優しく拭った。そして、真っすぐにエリアスの瞳を見つめる。
そのサファイアの瞳には、先ほどの怒りの炎ではなく、深く、穏やかで、そして熱を帯びた愛情の色が宿っていた。
言葉は、もう必要なかった。
ヴィクターはゆっくりと顔を近づけ、エリアスの唇に、自らの唇を重ねた。
それは、初めてのキスだった。少しだけ不器用で、けれど、互いの全ての想いが込められた、優しくて温かいキス。
唇が離れた後、エリアスは顔を真っ赤にしてうつむいたが、その表情は幸せに満ちあふれていた。
遠巻きに見ていた村人たちから、温かい拍手と歓声が上がる。女将は嬉しそうに涙を拭い、リリーはよく分からないままに手を叩いていた。
氷の騎士と、幸せを呼ぶ錬金術師。二人の心は、この日、セドナ村の皆に見守られながら、確かに一つになったのだった。
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