第14話:氷を溶かす怒りの炎

 騎士団の公務を終えたヴィクターは、一刻も早くエリアスの元へ戻ろうと馬を走らせていた。しかし、セドナ村に近づくにつれて、胸騒ぎが大きくなっていく。何か、よくないことが起きている。虫の知らせ、とでも言うべきその予感は、彼をひどく焦らせた。

 村の入り口に馬を乗り捨て、駆け込んだ彼の目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。広場に集められ、おびえる村人たち。そして、その中心で、黒尽くめの男たちに捕らえられているエリアスの姿。

 エリアスは恐怖に顔を歪め、その瞳には絶望の色が浮かんでいた。

 その姿を見た瞬間、ヴィクターの中で何かが焼き切れる音がした。

 ブツン、と。

 今まで、どんな凄惨な戦場にいても、どんな理不尽な目に遭っても、彼の心が動くことはなかった。しかし、今、目の前で、自分にとって唯一無二の宝物が傷つけられようとしている。

 その瞬間、感情がないはずの彼のサファイアの瞳に、燃え盛るような、明確な「怒り」の炎が宿った。

 それは、呪いさえも凌駕するほどの、原始的で純粋な激しい怒りだった。

「……貴様ら、エリアスに何をした」

 地獄の底から響くような、凍てつく声。その声を発したヴィクターの身体から、すさまじい殺気が放たれる。

 刺客たちは本能的な恐怖に身体を震わせた。目の前にいるのは、ただの騎士ではない。大陸最強とうたわれる、「氷の騎士」その人だった。

「なっ、なぜここに!?」

 動揺する刺客の一人が、エリアスの喉元にナイフを突きつける。

「動くな! 動けばこの男の命はないぞ!」

 人質を取られ、普通ならばそこで動きを止めざるを得ない。しかし、怒りに燃える騎士は、もはや常識の範疇にはいなかった。

 次の瞬間、ヴィクターの姿がかき消えた。

 そう見えたほどの、驚異的な速さだった。彼は一瞬で刺客の懐に飛び込むと、エリアスを人質に取っていた男の腕を掴み、骨が砕ける音と共にねじり上げる。悲鳴を上げる間も与えず、間髪入れずに柄でみぞおちを強打し、意識を刈り取った。

 エリアスを傷つけることなく、人質を無力化する。まさに神業だった。

「エリアスから、離れろ」

 怒りの炎を宿した瞳で、彼は残りの刺客たちをにらみつけた。その姿は、もはや騎士ではなく、全てを破壊し尽くす災厄そのものだった。

 ヴィクターは、氷の騎士の名にふさわしい、いや、それをはるかに超える圧倒的な剣技で、瞬く間に刺客たちを制圧していく。村人たちを一人も傷つけることなく、まるで嵐が過ぎ去るかのように、全ての脅威をなぎ払ってしまった。

 最後に残った一人の刺客を地面に叩きつけ、ヴィクターは静かに振り返った。その瞳の奥の怒りの炎は、まだ消えてはいない。

 彼はゆっくりと、恐怖でその場に座り込んでしまったエリアスの元へと歩み寄った。

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