不明な心

「は!? え、なんでですか!? す、好きって俺が先輩を!?」


 突然の話題に大声を出すと、饗庭さんは目を瞬いてから詐欺師のキツネみたいな笑顔になった。


「あいつ変なやつやから、押し負けてるだけでホントは苦手とかだったら悪いな~と思っただけやってんけど……。善本くん、静のこと本気で──」

「ちっ、ちが……! 違いま──」


 本当に違うのか?

 もう1人の自分が問うてくる。

 無意識に──いや、半ば意識的に目を背けていた話題を眼前に突きつけられ、俺は開いた口を閉じもせず冗談みたいにフリーズした。

 自分は先輩のことをどう思っているのか。

 なんで事あるごとに心臓が変な動きをするのか。

 なんで先輩に恋人がいた過去に勝手に傷ついているのか。


「……わ、わかんないです……」


 何もわからない俺は、今にも消えそうな声を出した。

 視線を床に落とすと、からかう笑みを浮かべていた饗庭さんが一気に慌て始める。


「え、ちょっと待って。オレいじめっ子になってる? ごめん、ちゃうねん、本気の相談なら乗るよ? ほら、もうこの後関西に消えるオレになら何話しても恥ずかしくないで」


 身振り手振りを駆使して慌てた饗庭さんは、何を思ったのか着ていた派手なシャツを脱いで俺に羽織らせてくる。俺は俺で黒タンクトップ1枚になった饗庭さんに反応する余裕がなく、されるがまま受け入れた。


「……俺、先輩のこと……好き、なんですかね……」

「いや~今日会ったばっかやし、正直わからん」


 なんとも潔い回答だ。

 自分でもわからないことを、今日会ったばかりの饗庭さんがわかっていたらそれこそ能力者である。


「善本くんの気持ちはわからんけど…….。めっちゃ勝手なこと言うと、オレは善本くんが静のこと好きなら嬉しいよ。好きのジャンルがなんであれ。あいつが楽しそうにしとる相手、善本くんだけやから」


 ぽん、と励ますように肩に手を置かれる。

 俺からすれば饗庭さんと一緒にいる静先輩だって十分楽しげに見えるが、昔から先輩を知っている人が言うのだから本当にそうなのかもしれない。


(……それなら、嬉しいな)


 そう思ってすぐ、嬉しくなってる自分はなんなんだよと顔を覆った。


「思い返せば俺って、先輩に振り回されてばっかりで……。先輩、ヘラヘラしてて何考えてるかわかんないし……」

「そんな悩む必要ないて。静、何考えてるかわからないように見えてわかりやすいから。善本くんだって身に覚えあるんちゃう? なんや好かれとんな自分っていう」

「……除霊がてら、キスしたいって言われたことなら、何度かありますけど……」

「っ、えええ!? なに、うわ、え? 善本くん悩む必要ガチでないやん。もうそんなん善本くん次第でどうとでも──」


 饗庭さんが芸人並みに大きなリアクションを取ったところで、リビングのドアが開いた。

 スーパーの袋を持った静先輩と菩提寺が入ってきて、俺は自然を装えず不自然に立ち上がってしまった。


「ただいまー。あ~暑かった──って、おい仁、お前なにマコトくんの前で脱いでんだよ。どういうことだ」

「ほらな、見てみ。こんなわかりやすく──ってイタッ! おい、オレ先輩やぞ!」


 静先輩がスーパーの荷物を饗庭さんにぶつけて攻撃し、その間に俺に近づいた菩提寺がシャツを掴んだ。


「善本。これは脱いだ方がいい。そんな柄の悪いシャツ、善本の良さを消すだけだ」

「類くんまでオレに当たり強いんや……」


 シクシクと泣き真似をする饗庭さんに、菩提寺がシャツを返している。


「マコトくん。プリン買ってきたよ、食べて」

「ど、どうも……」


 笑顔でプリンを差し出す先輩から、目をそらしてしまった。

 知らされた先輩の過去と、不明瞭な先輩への気持ち。

 どちらも俺の手には余るばかりで、プリンの味はよくわからなかった。

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