過去

 兄弟喧嘩にも一区切りがついたようで、静先輩と菩提寺で近所のスーパーへ買い出しに行くと言って、家を出ていった。


(暑いのに、2人とも体力あるよなぁ)


 暑さに弱く体力もない俺は水ようかんで涼みながら、とりあえずつけたテレビを眺めていた。

 隣では先に水ようかんを食べ終わった饗庭さんが、ソファにだらけている。


「なぁ。やっぱオレたち残していくのおかしない? 今日会った年上と2人きりじゃ気まずいよな、ごめん」


 背もたれにもたれきったまま饗庭さんが言い、俺は手をブンブン振って否定した。


「いやいや! 全然ですよ、全然。関西弁聞けて嬉しいです。テレビ見てるみたいで。それに先輩と菩提寺は見るからに軟弱な俺達に情けをかけてくれたんですよ」

「自虐でオレごと刺すんや。善本くんって常識人枠かと思ったけど、やっぱ静と仲良くなっとる時点で変やな」


 それはあなたにも適用されますよと言おうと思ったが、その前に饗庭さんがテレビを指さして前のめりになった。


「お、心霊特集! 善本くん視えるんよね。あれどう?」

「作り物です。心霊映像として騒がれるものは全部合成なんで」

「ええ~。夢のない話……」

「饗庭さんは霊感あるんですか。菩提寺みたいに気配がわかるとか」

「いやいや、まったくない。オレはキミたちみたいな能力者と違って一般人。ただ、霊がいるってのはわかってる。わかってるってか、高校の時に静にお祓いしてもらったことがあってな。それで信じるしかなくなってるだけ」


 静先輩とのエピソードを語られ、俄然先輩の過去に興味が出てきてしまう。


「静先輩って……もっとグレてたって聞いたんですけどホントですか」

「あ~。オレも本気でグレてた頃は知らんのよ。でもなんか、スレてたな。生きててもつまらんって感じで人に興味なくて。あの顔だから当然モテるわけやけど、付き合ってるはずの子の名前も覚えてなかったりでこっちがヒヤヒヤすること多かったわ」


 意外な話だった。

 今の先輩に掴みどころのない感じはあっても、擦れている印象はない。依頼でもない除霊までやろうとするのは人のためだろうし、何より俺が知る先輩はいつも楽しそうに見えた。


(てか先輩、元カノいるんだ。……そりゃ、いるか)


 そして、先輩に付き合っていた人がいるという思わぬ情報に、胸の奥がきゅっとなる感覚がしてその違和感に目が泳ぐ。


「久々に会ったら明るくなってて驚いた。善本くんのおかげやと思う。あいつ、事あるごとにキミの話してくんで」

「え、いや、それは俺の体が珍しいからですよ」

「そんな打算的な喜びと違うって。善本くん以前と以後じゃ全然、声のトーンからして違う。あんなきっかけで力に気づいたら一生スレててもしゃーないと思っとったけど、変わるもんやね」


 饗庭さんは何か噛みしめるように頷いていて、その反応と「あんなきっかけ」という言い回しがどうにも引っかかった。


「俺は問答無用で幽霊視えるんで気づくしかなかったですけど……静先輩はどうやってあの力に気づいたんですか?」

「え?」


 饗庭さんは一瞬固まって、すぐに手で口元を隠した。


「やば、口滑らせた……」


 バツが悪そうに目をそらして呟く。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったのかという緊張と、それでも知りたい感情がないまぜになり、俺は饗庭さんを見続けた。


「静からなんも聞いてない? え~……。これオレが話してええんかなぁ」


 饗庭さんはチラッとテレビの時間を見て、頭をかく。


「まぁでも、こっから隠されても気揉むだけか……」


 声音にはまだ迷いがあったが、饗庭さんは「ちょっとごめんな」とテレビを消すと体を俺に向けた。


「静の胸に、傷あんのは知っとる?」

「は、はい。ちらっと見かけたことは」

「そっか。実は、静と類のお母さんはもう亡くなってる。静が6歳の時に交通事故で。胸の傷もその時のもんや」

「え……」


 言葉が続かなかった。

 先輩とも菩提寺とも仲良くなれたと思っていたのに、そんな過去があるなんて今の今まで全く知らなかった。家にお邪魔したことだってあるのに、そんな過去の気配すら感じられなかった。


「静がお母さんと2人で遊びに行った帰り、交差点に車が突っ込んできてお母さんは静を庇って……。傷から察するに庇われた静も酷い怪我やったんやろうけど」


 胸の傷跡が鮮明によみがえる。

 助かった先輩すらあの跡が残るほどなら、亡くなられたお母さんはどんな状況だったのか想像を絶する。


「その事故の後、静は類に霊を感じる力があることと自分になんでもかんでも祓ってしまう力があることを知ったらしい。俺が本人から聞いたんはこれだけで、詳細はわからん」

「そう、ですか……。2人とも、全然そんな雰囲気なかったから……」

「類くんは小さすぎてお母さんのことほとんど覚えてないらしいからな。静は……まぁ、あいつが薄っぺらな人間関係でやり過ごしてるのは、他人に安易に踏み込まれたくないからやと思う。正直、オレだって情報収集の依頼なければ縁切れてるだろうし」


 良くも悪くも軽いノリで生きているように見えた静先輩は、周囲にそう思わせていただけなのかもしれない。いまだ動揺は続いていたが、今の話は胸の内に閉まっておこうと決めた。気軽に扱える話題ではない。

 先輩が戻ってきたら不自然じゃない対応をしなければとぐるぐる考えていると、饗庭さんが俺の顔を覗き込んだ。


「善本くんってさ、静のこと好き?」

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