電話
菩提寺兄弟と饗庭さんがうちに来てからしばらく、俺は変わらぬ日常を過ごしていた。
怨霊の拠点がわかるまで動きようがないという大義名分を掲げ夏休みをゴロゴロと浪費し、気付けば始業式まであと数日に迫っている。
とはいえ別に夏休みの宿題はないし、今日も今日とて、関西に戻った饗庭さんの調査が功を奏すのを待つばかりである。
(いや、変わらぬ日常はウソだろ)
自分で最近の過ごし方を振り返ったところで冷静に思った。
そう、変わらぬはウソだ。一部変わってしまっている。
俺は饗庭さんに恋愛相談もどきをしてから、静先輩のことを妙に意識してしまっており、除霊を頼むのにまた二の足を踏んでいた。
「もうすぐ学校始まって会えるのに、今日も会いたいとか言うのはウザいか……?」
数日前、一度静先輩とは会っている。手繋ぎ除霊をしてもらって、ちょっと喋って解散した。家に来るかと誘われたが、俺が平常心でいられず誘いを断って早々に解散したのだ。
短時間で切り上げたのは自分のくせに、先輩ともう少し話していたかったという心残りがあるのだから、俺は面倒くさい男だった。
「……やっぱ俺、好きなんかな~……」
自分で言って恥ずかしくなり、俺はベッドの枕を抱きしめた。
静先輩と会いたくなって、会って心臓が不整脈のようになる理由が、他に思いつかない。
(先輩の特殊な力に惹かれている、とか……ないか)
いい加減白黒つけろと自分でも思うが、俺は自分の感情を飲み込むのが怖かった。だって好きだと認めてしまったら、今度は叶わぬ恋に永遠に悩むことになるのだから。
──……ルルル。
悶々と枕を抱きしめていると、遠くから機械音が聞こえた。
今は平日の昼過ぎで両親は仕事で不在だ。起き上がって部屋から出ると、音ははっきりと大きくなった。
──プルルル、プルルル……。
家の電話だ。
うちは母方の祖父母が遺した戸建てで、スマホが普及した現代でもいまだに固定電話が設置されている。しかし家に電話がかかってくることなんて久しくなかったから、階段を下りるとリビングを見渡して音の出所を探した。
もう切れてしまうかなと思ったが電話は鳴り続け、俺はキッチン横にあった受話器を取った。
「はい、善本です。……もしもし?」
受話器から何も聞こえてこなくて、聞き返しながら耳を押し当てる。サーという機械の音の合間に息を吸う気配がした。
『あ、どうも。饗庭です。急にごめんな』
饗庭さんだった。
俺達は連絡先を交換していなかったが、うちの電話番号も彼にかかれば簡単にわかってしまうらしい。
『怨霊の拠点がわかった。いやぁ、大変やったわ』
「ほんとですか! 良かった、ありがとうございます。これで除霊できますね」
『うん。犯人の家の前で死んどった。詳しい話は会ってしたい。今から会える?』
「え、今からですか。饗庭さんは関西にいるんじゃ?」
『今は東京駅におるから、出てこれる? ほんとはそっち行きたかったんやけど、他の仕事もあって……』
東京駅は最寄りから30分程度だ。ちょっと出かけるくらいなら問題ない。
「わかりました。静先輩も来ますよね」
調査の依頼主は先輩だ。当然集まるだろうと思い聞いてみると、沈黙が落ちた。
「……饗庭さん? もしもし?」
『ああ、ごめん。人多くて電話悪いみたいや。静も来ると思うよ。んじゃ、14時過ぎに丸の内の改札で待ち合わせよう。またあとでな』
忙しいらしい饗庭さんは少し早口でそう言うと、電話を切った。
俺は受話器を置いてすぐ出かけようと思ったが、思い直してスマホを取り出すと静先輩のLINEを開く。
「饗庭さんに会う件、一緒に行きませんか……っと。よし……」
先輩とは同じ電車で東京に行けるので誘ってみる。急に会う理由が与えられ、無意識に口角が上がっていた。
先輩を好きかどうか直視する勇気はまだない。しかし、ちょっとは自分の気持ちに正直になろうと思った。まずは先輩に会いたいという気持ちを受け入れるところからだ。
返信すぐ来るかなと画面を見ていると、既読がついた瞬間、先輩から電話がかかってきた。
「あ、先輩? 俺今から家出るんですけど、一緒の電車で──」
『ごめん、仁と会う件ってなに?』
「え? 怨霊の拠点がわかったって今饗庭さんから電話があって。東京にいるから詳しくは会って話そう、先輩も集まるって……」
言いながら、何かが変じゃないかと疑問が首をもたげ声が小さくなっていった。
普通、調査が済んだなら依頼主の静先輩に真っ先に報告し、先輩から俺に情報が降りてくるのが筋ではないのか。
そもそも、さっきの声は本当に饗庭さんだったか?
声が思い出せなくて、俺は背筋に汗が伝うのを感じた。
『マコトくん、今から行くからそこを動かないで。絶対に家を出ちゃダメだよ』
静先輩が短く言ってすぐに通話を切った。
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