キス以外の解決法

 静先輩によって学校の除霊が済み、俺は元気に登校できるようになった。

 めでたく留年の危機を脱し、両親にかけていた心労も少しは解消できたように思う。

 体調がよくなった要因はもちろん学校全体の除霊のおかげだが、平穏な毎日を過ごせるようになった理由は別にあった。


「たまには恋人繋ぎにする?」

「冗談やめてください。誰かに見られたら誤解されますよ」

「えー僕は別に困んないのにな~」


 静先輩は下唇を突き出して拗ねてみせたあと、俺に手を差し出した。そこに手を重ねると、俺について回っていた靄が消えて少し重かった体が軽くなる。

 オカルト研究会という名の『放課後に教室でダラダラ喋る会』の最中、俺たちはほとんど手を繋ぎ合っていた。静先輩の言う『キス以外の解決法』として提示されたのがこの手繋ぎだった。キスよりずっと効果は薄いらしいが、毎日除霊してもらうのと同じため、生活に支障が出るような憑依は防げている。

 初日は恥ずかしさと気まずさで手汗もすごかったが、握手の延長だと思うようになってからはマシになった。静先輩という存在に周りが慣れて、そこまで注目されなくなったことも大きい。


「ところで、学校じゃ幽霊をほとんど視なくなりましたけど、あの世と繋がりかけてた件は解消したんですか?」


 少し蒸し暑い3年生の教室には俺と先輩だけが残り、机の上で手を重ね合っている。

 3年生の多くは既に部活を引退して受験勉強に精を出し、強豪部に属する生徒は最後の夏の大会に向けて精を出していた。要するに教室に残ってダラダラする余裕がある3年生は静先輩くらいだった。

 ちなみにオカ研を兼部している菩提寺は、当然剣道部の方が大事なため、大抵不参加だ。


「僕お手製のお札をいろんなところに貼ったからね。霊道みたいなものは封鎖できてるはず」

「なるほど……。先輩が作ったものにも厄除け効果があるんですね。あ、そうだ。先輩の除霊についても聞きたいことがあって」


 まず敵を知るところからということで、俺は今まで1人で悩んでいた幽霊についてプロ霊媒師に色々質問するのが日課になっていた。


「ほんと熱心だねえ。いくら学んでも体質は変えられないよ?」


 一方先輩はもっとゆるい雑談をしたいらしく、毎度少々面倒くさがられる。


「霊を逃がすのも消すのも除霊って言ってましたけど、先輩は視えないから幽霊が逃げたのか祓えたのか自分じゃわからないですよね? 除霊を依頼する人たちは逃がすんじゃなくて『悪霊の消滅』の方を希望してると思ったんですけど……」


 勝手に学校までデリバリーを頼んだというピザをつまんでいた先輩は、コーラを飲みながら頷く。


「逃がしてるのか、祓えてるのか基本僕にはわかんないよ。まぁでも大抵は『霊障の解消』が依頼内容だから、僕が近づいて霊が逃げるのもタッチに成功して霊が消えるのも同じことじゃん?」

「それ、絶妙に詐欺じゃないですか……?」

「そんなこと言ったら霊媒師自体、ほとんどが詐欺だから。それに幽霊視えるマコトくんがいれば、今後はしっかり対応できるしいいじゃない」

「まぁ、それはそうかもしれないですけど……?」


 首をひねると、先輩は「マコトくんも食べて」とピザを勧めてくる。俺が釈然としない顔でマルゲリータをかじると、先輩がスマホを向けてきて写真を撮った。


「俺なんか撮ってどうするんですか」

「待ち受けにする。というか、した今」

「なんで俺を!?」


 見せられた画面は、ピザのチーズを伸ばしている気の抜けた俺だった。


「こんな体質だから逃げられるばっかりだけど、本当はもっと霊とお近づきになって理解を深めたくて。マコトくんの写真ってそういうご利益ありそうだから」

「幽霊集まってくるなんてご利益どころか不利益じゃないですか……」

「マコトくんは僕の写真、待ち受けにしたら? 厄除けになるかもよ」


 お互いの写真を待ち受けにしていたらいよいよあらぬ誤解を受けるだろと思ったが、先輩の写真にはちょっと効果がありそうな気がしてしまった。

 待ち受けにするかしないかはさておき、顎にピースを当てて上目遣いをしてくる先輩を一応撮っておく。雑に撮ってもアイドルのトレカのようなクオリティで、素直に先輩の顔面力に感心した。


「見せて見せて。お、盛れてる! 霊媒師のプロフに載せよかな」


 画面を見た先輩に「エアドロしていい?」と聞かれ、霊媒師のプロフってなんだと思いつつスマホを渡した。


「そういえば除霊ってどのくらいの頻度でやるものなんですか? 学校の除霊以降、俺たち毎日喋ってるだけですけど……」

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