案件候補

 ピザの続きを食べながら聞くと、俺のスマホをいじっていた先輩はハッとして顔を上げる。


「そうだった。除霊関係の話、しようと思ってたんだった」


 机の横に引っ掛けていたリュックからファイルを取り出し、数枚のA4紙を並べた。どれも最近のネットニュースを印刷したものだ。パッと見で知っているニュースはなく、マイナーな記事ばかりのようだった。


「除霊は依頼が来るか、僕が気になった件があれば調べて実施する感じ。で、これは気になった件の方」


 手に取ってしっかり読んでみると、踏切に立ち入った人が轢かれたり川で溺死した人が発見されたりといった死亡事故と、教師が学校に出勤してこずそのまま消息不明になったといった行方不明系の記事だった。


「これに……霊が関係してるんですか? 不気味だけどよくあるニュースな気が」

「おっしゃる通りよくある事故死と行方不明で、日が被ってるわけでも頻発してるわけでもない。でも、ここ数カ月の間に同じ県で起きてるんだよね」


 よく見れば確かに、発生場所はすべて兵庫県だった。全国ニュースになるような大きい事件や事故でもないし、関東に住む人間はわざわざ調べなければ辿りつけないだろう。


「それでも偶然だろ、と思うよね?」

「まぁ……正直そうですね。他に何か霊の仕業だっていう確証があるんですか」

「僕の直感」


 静先輩は当然のように言った。

 この人以外が言えば、何を適当なことをと思うところだが、いかんせん静先輩が言うと頭ごなしに否定もできない。でも記事を見比べても俺には何も感じられなかった。


「まだ手がかりがなさすぎるからもっと調べないとだけど、なんかわかったらまた言うね。これは参考資料としてあげる」


 俺にコピーを手渡した先輩は、続けてスマホの画面を見せた。


「あとこの動画も観てもらいたくて」


 再生されたのは、何かの式典のような映像だった。地位のありそうなスーツ姿の中年が壇上に並んで座り、順にマイクの前に立ち挨拶をしていく。


「何か変なもの視えたりしない?」

「変なもの……。うーん、おじさんが映ってるだけで──」


 そう言いかけた時、挨拶の順番を待つ男性が目についた。緊張なのか硬い表情で、膝の上に拳を置いている。

 その背中からは黒い靄が立ち上り、男性を背後から抱き締めるように圧し掛かっていた。靄は大きな口を広げていて、男性を飲み込もうとしているようにも見える。


「……この人、ここで右から2番目の男性に悪霊が憑いてます。覆い被さってて……結構ヤバそうなヤツですよ」


 自分が憑かれていたら確実に体調不良になる大物だ。それを背負うおじさんに同情を抱いて報告しつつ、霊って動画でも視えるものなんだと新たな発見をする。


「なるほど。このおじさまか」

「これもさっきの記事に関係あるものなんですか」

「いや全然関係ない」


 関係ないんかい。

 俺が心の中で突っ込む間に、先輩はなにやら検索をして「この人、常務か」などと確かめている。


「僕ひとりだったらここに映ってる人全員のお宅訪問とかしなきゃだったよ。マコトくんがいると話が早くてすごい! ホント助かる」


 にっこりと笑いかけられ、褒められると素直に嬉しくなってしまう俺は「それはよかったです」とニヤけかけた口でモゴモゴ返した。


「約束通りいつでもいくらでもキスするから、したくなったら言ってね」

「そんな約束はしてませんってば! 元々の話は──」


 本来の約束は俺の除霊をしてもらうことであって、キスをすることではない。きちんと修正しようとしたが、先輩はふと窓の外を見て突然「ああー!」と叫んだ。びっくりして俺も外を見る。


「な、なんですか!?」

「雨!! 雨降ってる!」

「え。そりゃもう梅雨ですからね。予報でも降るって──」

「洗濯物干しっぱなし! 明日着るもんない!」


 椅子を倒しかけながら立ち上がった先輩は、リュックを掴んで俺に手を合わせた。


「ごめん、今日のオカ研終わりで! 残りのピザは食べちゃって!」


 早口で言って教室を走り去る。この間わずか数秒で、俺はただ目を瞬いて頷くだけだった。


(自分で洗濯物やってるの、偉いな……)


 洗い物など親に任せっぱなしである俺は、妙に感心してちょっと恥ずかしさも覚えた。

 静先輩がいなくなって一気に静まった教室で、少しくらいは家事の手伝いをしようと考えを改めながら、俺はしばらくマルゲリータを食べていた。

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