第十九話 後ろ回し蹴り

 薄暗い空間の中で、銀色の刃が微かに眩しさを放つ。


 舞の表情に恐怖心のようなものはない。


 次の獲物を待ち構えていたかのように、舞の口元がにやりと緩む。


「ええ……私が倒しましたけど」


 低い声で男の問いかけにこたえると、右手に拳を作る。


 目の前の男は、右手に握った刃物を高く振りかざす。


 舞はけっして動じることなく男の動きを注視する。


 男が右腕を振り下ろし、刃物の先端が舞に近づく。


 舞は逃げる動きを見せることなく、その場に留まる。


 徐々に刃物が舞の上半身に迫る。


 刃物の先端が十センチほどまで迫った瞬間、舞の右腕が伸びる。


 舞の拳は男の右手首を捉え、刃物が床を叩く。


 男は険しい表情を浮かべると、上着の右ポケットに忍ばせていたものを抜き取ろうとした。


 その動きが目に飛び込むと、舞の眼差しは危険を察知したように鋭くなる。


 やがて、舞の目の前に新たな刃物が姿を見せる。


 しかし、これにも舞は動じない。


 男は眼差しを鋭くし、右腕を振り上げる。


 それを見て、舞は左脚を軸にし、背中を男に向ける。そして左脚を上手く使い、体を回転させる。


 舞が右脚を伸ばすと、彼女の踵が男の顎を捉える。


 鈍い音が立つと、刃物は男の手から解放され、床を叩く。


 男はスローモーションのような動きで仰向けに倒れる。


 男の鋭い眼差しが舞に向けられる。だが、舞の圧力のようなものが、男の視線を天井に向けさせる。


「さてと……」


 重みのある声で呟いた舞の視線は、廊下のフローリングに注がれた。


 

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