第十二話 鬼の形相

 女性は再び左腕で目元を拭うと、舞は彼女と目線を合わせる。


「ど、どうされたんですか……その血……」


 舞が震えた声で問うと、女性は彼女と同じような声調でこたえる。


「背広を羽織った男の人に……」


 女性の答えで舞は、裏道に入る前のことを思い出す。


 頭の中で映像を流していると、裏道から現れたサラリーマン風の男の姿が浮かぶ。


 彼が十字路を曲がったところで映像は途切れ、舞はゆっくりと目を閉と、右手を強く握りしめる。


 それは、あの男を捕えてやるという強い覚悟を示していた。


「きっと、また誰かを狙います」


 女性が弱々しい声で話すと、舞は勢いよく目を開ける。


 女性は舞と視線を合わせると、小さく頷く。


「そういう組織だから」


 女性はそう言い残し、ゆっくりと目を閉じる。


 舞は彼女の姿から考えたくもないことを想像してしまったが、微かな吐息を聞き、ほっと息をつく。


「救急車……」


 舞はバッグヵらスマートフォンを抜き取ろうとしたところで、裏道を男性の声が包む。


「どうされたんですか?」


 舞は背後から聞こえる声にゆっくりと振り向く。目の前には、心配そうな眼差しを注ぐ一人の男性警察官の姿があった。それからすぐ、一人の女性警察官が姿を現す。


 舞はスマートフォンを抜き取る手の動きを止めると立ち上がり、男性警察官に事情を説明する。


 彼は警察官は舞の言葉に時折頷きながら真剣な表情で耳を傾ける。


「そうでしたか。いや実はね、最近似たような犯行が増えていて、我々もパトロールを強化しているんです。だけど、それを潜り抜けるように彼らは似たようなことを繰り返す。卑劣な奴らです」


 男性警察官は怒りを声に滲ませると、右頬を赤く染めた女性と目線を合わせ、やさしく声をかける。


 女性は右こめかみの辺りから出血し、その血が右頬に流れていた。


「交番で手当てしましょう」


 男性警察官は女性警察官に目配せをし、小さく頷くと立ち上がる。


「行きましょう」


 女性警察官が右手を差し伸べると、血を流す女性はゆっくりと頷く。そして彼女の右手をとり、立ち上がると、舞にお礼を伝えるようにお辞儀する。


「お嬢さん、帰り道お気をつけて。それでは」

 

 男性警察官は舞にお辞儀し、女性警察官と血を流す女性とともに裏道を抜けていく。


 三人の姿が見えなくなると、舞は地面に染み込んだ赤い斑点を見つめる。


「犯人、許せない……!」


 右手に握り拳を作る舞の表情は、鬼の形相と化していた。


 舞の鋭い眼差しは上空に向く。


「待ってろよ、組織……!」


 天を介し、重みのある声を組織に向けて放つと正面を向き、右足からゆっくりと踏みだした。

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