第十一話 サラリーマン風の男

「台府に到着です」


 車掌のアナウンスから十秒ほどして列車が六番線ホームに停車する。やがてゆっくりとドアが開き、舞は六番線ホームに降り立ち、階段を上る。


 改札機に切符を通すと西口を目指し、やがて駅舎を抜ける。


 外の空気を浴び、空を眺めながら深呼吸をすると正面を見据える。


「とりあえず、西に向かってみよう……」


 舞は右足から歩みを進め、西に進んでいく。


 十分ほど歩んでいくと、目の前に横断歩道の信号機が見える。信号機はちょうど赤に切り替わり、舞は横断歩道の手前で青に切り替わる時を待つ。


 その時だった――。



「ん……?」


 舞は何かを察知したように声を漏らすと、素早く振り向く。舞の目には、犬を散歩させる男性の姿がうつる。


 男性と犬は十字路を右に曲がり、そのまま姿を消す。


 乗用車の走行音に誘われるように、舞は正面を向く。


「気のせいか……」


 舞がほっとした声を漏らすと、車道の信号が黄色に切り替わり、やがて赤になる。


 それから数秒後に、横断歩道の信号が青に切り替わる。


 舞は右足から踏みだし、横断歩道を渡り始める。


 舞は背後を気にすることなく前を見据え、渡り続ける。青信号が点滅し始めてすぐに横断歩道を渡り終え、そのまままっすぐ進んでいく。


 コンビニエンスストアの看板が見えてきたころ、舞は財布を取り出そうと、バッグのファスナーを開ける。


 そして、右手で財布を握った次の瞬間、どこからか女性の悲鳴が聞こえてきた。


 舞は悲鳴を聞き、財布から手を離すと、悲鳴が聞こえてきた方向に駆けていく。


 しばらく行くと、一人の男が裏道から姿を現す。いたって普通の、サラリーマン風の男だった。


 男は舞に背中を向けるようにそのまま十字路を右に曲がる。やがて、男が姿を消すと、裏道から啜るような声が聞こえる。舞はその声に誘わるように裏道に入り、野良猫が姿を見せそうな狭い通路を進む。


 やがて、顔を俯ける女性の姿が目に飛び込む。


「あの……どうかされたんですか……?」


 舞がゆっくりと距離を詰め、恐る恐る尋ねると、女性は俯けていた顔をわずかに上げ、左腕で目元を拭う。


 やがて、女性がゆっくりと顔を上げ、視線を舞に注ぐ。


 女性と目が合った瞬間、舞は震えたような声を漏らす。


「あ……」


 舞の目の前で、女性は涙を流していた。


 彼女の涙は、濃い赤色に染まった右頬を伝った後、地面を叩いた。

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