第八話 舞が突き出した拳
昼休み、舞は昼食を済ませると、廊下の階段を下る。彼女の足はやがて昇降口に辿り着く。
「授業中、窓越しに誰かに見られている気がしたんだよね……」
険しさの窺える声を漏らすと靴を履き替え、外の空気を浴びる。
校門の手前で立ち止まると、恐る恐る左を向く。だがそこに、人の姿はない。
舞はほっとしたようにひとつ息をつくと、今度は右を向く。
すると、黒い上着を羽織った人の姿が舞の目に飛び込む。
「あの上着……!」
黒い和議を羽織った人物の姿は十字路の右に消える。
舞は眼光を鋭くさせると、十字路まで勢いよく駆けていく。
だが、十字路に達したころには、男の姿はもうなかった。
わずかに息を上げながら正面を見据え、舞は言葉を漏らす。
「朝と同じような上着……まさか、同一人物……?」
実際はどうかは分からない。だが、舞の目に飛び込んだ黒い上着は朝に見かけた人物が羽織っていたものと同じだった。
舞は上空を眺め、呼吸を整えるように深く息をつく。
「向こうがファックスの中で『待つ』と書いておいて、自分からここに足を運ぶなんて、おかしな話だよね……なにが目的なんだろう……」
舞はゆっくりと目を閉じ、唸るような声を漏らす。
舞の背後では一台の乗用車がゆっくりと通り過ぎ、走行音が徐々に遠ざかっていく。
さらに一台の乗用車が舞の背後を通り過ぎていくと、大型ショッピングモールの方向からやや強い風が吹きつける。
舞は風を浴びながらゆっくりと目を開けると、大型ショッピングモールの方向に背を向ける。
「どこに姿を消したんだろう……」
舞は右足から踏みだし、二年二組の教室に歩みを進めた。
放課後になり、舞はバッグを左手に提げ、中町駅に急ぐ。
駅舎が見えてくると、舞はバッグに右手を伸ばし、財布を取り出そうとする。
その時だった――。
「待てー!」
女性の叫ぶような声が、舞の耳に届く。
やがて、二人の人物の姿が舞の目に飛び込む。
一人はミディアムヘアーの女性。そしてもう一人は、舞が朝に見かけた男だった。
女性が追う人物は中町駅の広場に勢いよく足を踏み入れると、周囲を威嚇するように、荒げた声を発する。
「どけ!」
男の鋭い眼差しが舞に向く。
やがて、男の姿が舞の目の前に迫る。
距離が二メートルまで迫った瞬間、舞は右手に握り拳をつくると、そのまま前に突き出す。
それからすぐ、舞の右手の甲がなにかに触れる。
舞の目には、男が宙を浮く光景がうつしだされる。
男はやがて、大の字になるように広場に倒れ、天を仰ぐ。
舞は拳を突き出した姿勢のまま、戸惑ったように視線をあちらこちらに動かすことしかできなかった。
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