第四話 「守りたいから」

 結花が二年二組の教室内に姿を消すと、舞の口から「え……」と声が漏れる。


 舞は聞き間違いではないかと、自分の耳を疑うように目をわずかに細める。


 舞の仕草が示す意味を理解した青山は小さく頷くと、改めて問う。


「戦う勇気はあるか?」


 青山の真剣そのものの声が耳に届くと、舞の眼差しは元の形を取り戻す。


 すると、舞の心を恐怖が襲う。


 舞はこれまで、殴り合いなどをしたことがない。


 喧嘩など似合わない少女だ。


 青山はそんな少女に「戦う気はあるか?」と問いかけた。


「ど、どうして、私に……」


 舞の心は恐怖から震えていた。


 青山は二年二組の教室を眺めながら、舞に言う。


「実はな、今朝学校にファックスが届いたんだ。いや、舞宛てに。『あの女の仲間か』というような内容のファックスがな。恐らく、女性を襲った者と同じ組織の人物が偶然舞の姿を見かけ、お前を彼女の仲間だと思ったんだろう。まあ、歩み寄っただけで仲間じゃないかと疑う気持ちは分からなくはない。向こうとしては、疑わしきは罰せよの考えなんだろう」


 舞に横顔を見せる青山の目つきがやや鋭くなる。


 舞は青山の表情から、彼が懸念していることが分かった。


 今度は、女性に歩み寄った自分が狙われると。


 舞の脳裏には、倒れていた女性の姿が浮かぶ。すると、女性が舞にかけた言葉が彼女の頭の中で流れる。


(あいつらを止めて……このままじゃ、この街が……)


 声が止むと、舞の眼光がやや鋭くなる。


 それは、普段の舞がけっして見せることのない表情だった。


「この街が壊れちゃうの……?」


 舞がわずかに顔を俯け、低い声を漏らすと、二年二組の教室から楽しげな笑い声が聞こえてきた。


 平和という言葉がぴったりの笑い声だった。


 舞はクラスメイトの楽しげな笑い声を耳に挟みながら、ゆっくりと顔を上げる。


 青山は変わることなく、教室を眺める。


 やがて、一時間目開始を告げるチャイムが鳴る。


 舞はチャイムの音に負けない声量で青山に言う。


「先生 。私、戦います」


 青山の視線は舞の瞳に向く。


 チャイムの音が止むと、舞は青山と視線を合わせ、力強い声を発する。


「守りたいから。この街を、皆を」


 舞の心から恐怖心は拭い去られ、彼女の瞳はあの時と同じように熱を帯び始め、やがて全身に伝わる。


 その姿は獲物を狩る、ハンターのようだった。


  

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