余計な伝言
かたなかひろしげ
メモ
「それで、ゴリさんはなんであんなに怒ってるんだ?」
「外回りに行ってる間に、ゴリさんが冷蔵庫にしまってたプリン、事務所のみんなが食べ尽くしてしまったみたいで。食べ物の恨みってやつですよ」
俺は給湯室で珈琲を淹れながら、同僚の安見さんとそんな茶飲み話をしていた。
見れば執務フロアでは、ゴリさんが新人の子を「優しく詰めている」ところだ。
なにせゴリさんの身長は190cm以上はあるし、学生時代にラグビーをしていたという肩幅は、まるで冷蔵庫のようにがっちりと広い。そんなゴリさんに、「どうしてプリン食べたの?」と笑顔で詰められたら、さぞや言い訳もしづらいに違いない。
さて。こちらのゴリさんだが、そんなゴツい見た目とは180度異なり、心はまるで乙女なのがチャームポイントである。
人よりちょっとスイーツを愛する大人しい性格をしていて、そもそも人に対してあまり怒ることもない。職場の皆も、そんなお菓子に夢中なゴリさんに親しみを込めて、【ゴリさん】、若しくは【ゴリ】と呼んでいる。ちなみに身体の性別の方は……まあこの際、それはどうでもいいだろう。
───そんな温厚なゴリさんが珍しく怒っている。
となれば、原因はスイーツぐらいしかあるまい。
「冷蔵庫に入れて箱に名前書いてあったんでしょ?いつもの通り」
「うん。それでもなんかフロアの人達が食べちゃったみたいで」
「ははあ。それは怒るわ。でも職場の冷蔵庫にいっつも大量のスイーツを入れとくのも、あんまり良くはないよね」
苦笑いする安見さんを横目に、俺はフロアの様子を柱の影からそっと覗いてみた。
ちなみに今、自分の席に戻れば絶対、あの騒動に巻き込まれる。なにせ、プリンを食べた犯人の一人は他ならぬ俺だからだ。ここは見つかるわけにはいかない。すまぬ、新人君よ、今日は俺のデコイとなってくれ。明日、社食で焼肉定食奢るから。
「いや、確かに俺もあのプリン喰ったよ。高級プリン。すげい美味かったんだよ、ゴリさん、普段あんな高級プリン食べてるんだなあ、って驚いた」
「だよねー。ゴリさん、わざわざ限定スイーツ買いに行ったりしてるみたいだし、良いもの知ってると思うよ。それでどうして、食べちゃったの? プリン」
「だってさ、メモが貼ってあったんだよ。確か、誰でも食べていいような」
「うん? それなら確かにみんなが誤解したのは、そのメモのせい、ってことになるね」
ということは、ゴリさんはあのメモを書いたのは、あの詰められてる新人君だと思ってるわけだ。俺は再び、フロアで詰められるている新人君の様子を、柱の影からそっと確認した。
聞き耳を立てていると、どうやら事の顛末がわかってきた───
今日、社長が突然に、超重要な得意先を連れて事務所に戻って来た。だが、運悪く客に出す茶菓子のストックを切らしており、総務の子がついゴリさんのプリンを出してしまったと。
で、その時に総務の新人君なりに、ゴリさんに申し訳なく思ったらしく、先輩にメモを書いてもらい、それを箱に貼ったそうだ。そこまで聞いて、物覚えの悪い俺もようやくメモの文面を思い出してきた。
確か書かれていたのは、
【ごりようください by 総務】
である。
───つまり、この事件の理由は明白だ。
新人君の総務部の先輩は、「ゴリ用ください」と書くつもりだったものを、何故かすべて平仮名で書いたのだ。小学生かな?
かくしてその後、冷蔵庫を開けた他のスタッフ達は、プリンの箱に貼られたこの張り紙を見て、総務が「ご利用下さい」と書いてあると判断したわけだ。うん、そうだ。だから俺も箱の中に並んだプリンを1つ拝借したのである。これは事故だ。
しかしこれ、そもそもがゴリさんのことを、「ゴリ」と呼び捨てにしていたのも良くないな。今回のメモも、せめて「ゴリさん用ください」とでも書かれていれば結果は違っただろう。どこぞのトイレ用洗剤と同じだ、さんが効くのだ。
───その後、この騒動を耳にした社長が、そもそも冷蔵庫に大きな私物を入れてはならぬ、という職場ルールを公布した。かくしてゴリさんは冷蔵庫にスイーツをしまい込むことはなくなり、今度は本人の席の袖机が、お菓子格納庫となった。
そして最近では、ゴリさんが夢中になっているそのお菓子が、いつの間にか袖机からかすめ盗られている、とゴリさんが騒ぎ出しており、これが本当の五里霧中である。
余計な伝言 かたなかひろしげ @yabuisya
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