SCENE#115 時空を超える!アインシュタインと長野で恋の相対性理論
魚住 陸
時空を超える!アインシュタインと長野で恋の相対性理論
第一章:出会いは突然に
長野、軽井沢の瀟洒な山小屋カフェで、私はいつものようにハーブティーをすすりながら、最近興味を持っている「量子重力理論」に関する難解な論文を読んでいた。森の静寂が、木の葉のざわめきとコーヒーの香りと混じり合い、心地よい午後の時間を演出している。
ふと顔を上げると、見慣れない老人が私のテーブルに近づいてきた。白い豊かな髪はまるで冬の凍りついた滝のように荒々しく逆立ち、深い皺の刻まれた顔には知的な光が宿っているものの、その表情はどこか掴みどころがない。古風な登山服のような装いなのだが、なぜかズボンの裾が左右で長さが異なり、片方のポケットからは大量のどんぐりがはみ出している。
そして、ぎっしりと数式や図が書き込まれたノートを抱えているのだが、その表紙には奇妙なリスの絵と「宇宙の隠し場所」というメモがしてあった。
「もし差し支えなければ、こちらの席、少し空けていただけますかな? ああ、安心したまえ。わしはテーブルの原子配列を乱すようなことはしないさ。君のカップの分子運動も妨げないことを約束しよう!しかし、君の座っている椅子の木材の年齢は、わしの計算によると、少なくとも200年は経っているはずじゃ。その間に、どれだけの量子もつれが生じたことか…!」
穏やかながらも、どこか人を惹きつけるような声だった。どうぞ、と答えると、老人は丁寧に頭を下げ、私の荷物を少し脇に寄せて腰を下ろした。と思いきや、座るなり机の上のシュガーポットをひっくり返し、白い砂糖の山から何かを探し始めた。まるで、それが宇宙の塵を見つけるかのように…
「ふむ、この砂糖粒は、さながら素粒子の集団じゃな。しかし、肝心の失われたキャンディが見つからん。宇宙のどこかに消えたのだろうか…あれは、わしの相対性理論の最終結論が書かれたキャンディだったのだ!もし見つからなければ、宇宙の法則が書き換えられてしまうかもしれんぞ!」
彼はすぐにノートを開き、熱心に鉛筆を走らせ始めた。時折、難しい顔で考え込み、何か閃いたように小さく頷く。その様子があまりにも真剣だったので、私はつい彼のノートに目を奪われた。そこには、見慣れない記号や矢印、幾何学的な図形がびっしりと描かれていたが、ページの隅にはライチョウのイラストと「高山での時間の遅れ」という走り書きまであった。
「あの…もしかして、著名な科学者の方ですか?」
何気なく尋ねた私の言葉に、老人は顔を上げ、少し驚いたような表情を見せた。そして、優しい微笑みを浮かべてこう言った。
「ほう、私のことがお分かりになりますかな? わしはアルベルト・アインシュタインという者じゃ。しかし、君は一体、私の思考のテレパシーをどうやって受信したのだね? もしかして、君は未来から来た量子存在なのかね? それとも、わしの脳波のゆらぎを読み取る特別な能力でも持っているのか?!もしそうなら、君はわしの研究の共同研究者になれるかもしれんよ!」
まさかあのアインシュタインが目の前に現れるとは夢にも思わず、しかもその言動がすでに奇天烈すぎて、私は思わずハーブティーを吹き出しそうになった。私の常識が、早くも音を立てて崩れ始めていた。
第二章:時空を超えた誘い
アインシュタインと私は、そこから意気投合した。彼は私が長野の雄大な自然や山岳信仰に詳しいことに興味を持ち、私は彼の相対性理論の話に夢中になった。特に、彼の時間と空間の捉え方は、私の常識を揺さぶるものだった。
「時間は、川の流れのようなものじゃ。同じ速さで流れているように見えても、場所や重力によって速さが変わるのじゃよ。そして、このカフェの時計は、地球の自転速度に合わせて、わずかにズレているに違いない!ああ、実に興味深い!このズレから、宇宙の暗黒エネルギーの量を逆算できるかもしれんぞ! しかし、君の好奇心は、いかなる時空の歪みにも影響されず、光速を超えて広がっていくようだ。これは実に興味深い現象だ!その瞳の奥に、私は無限の宇宙を見たぞ!まさに宇宙のブラックホールとホワイトホールの縮図じゃな!」
彼の言葉に、私は北アルプスの連なる峰々を思い出した。悠久の時を刻んできた大自然の中で、時間さえもその重みに影響されるのだろうか…
「では、博士。もしよろしければ、この長野で、時間を忘れるようなデートをしませんか?もちろん、時間はあくまでも相対的なものですけどね。博士にとっては、一瞬が永遠かもしれませんし、その逆もまた然り、ですよね?」
私の突然の誘いに、アインシュタインは目を丸くしたが、すぐに楽しそうに笑った。その笑い声は、山小屋カフェ中に響き渡るほど大きかった。
「面白い! わしは時間の相対性については専門家だが、デートの相対性については初心者じゃ。君がガイドしてくれるなら、喜んで!ただし、わしの靴下の位置が時空のゆがみを示す場合があるから、その時は注意が必要じゃぞ!特に、左足の赤い靴下は危険信号じゃ!あれは、わしの研究成果を隠した、秘密のポケットなのじゃよ!中に宇宙の地図が入っておる!…いや、待てよ。今、この瞬間に、わしの靴下が別の次元に移動したような気がするぞ!」
こうして、私たちのハチャメチャなデートが始まった。私は彼の奇妙な言動に戸惑いつつも、なぜかワクワクが止まらなかった。
第三章:自然と物理学の融合
最初のデートは、上高地だった。アインシュタインは、梓川の清流や穂高連峰の雄大さに目を輝かせ、しきりに何かをメモしていた。彼は懐から奇妙な形の木の棒を取り出し、梓川の流れを測り始めた。そして、その棒を水面に浮かべ、自転させていた。
「この水の流れは、流体力学の究極の表現じゃのう。見事な乱流パターンじゃ!そしてこの山々…この空間には、何か特別な暗黒物質が満ちているようだ。もしかしたら、この石を拾うだけで、宇宙の質量が0.0000001グラム増えるかもしれん!測定してみるか?君の体重も測ってみようか?重力の影響を調べるのじゃ!重力レンズ効果が君にも現れるかもしれん!ああ、そうだ、この棒は、わしが作った『時空のゆらぎ感知棒』なのじゃ。ほら、今、この辺りに微細なゆらぎがある!」
彼はカッパ橋を渡りながら、自分の髪の毛を一本抜き取り、橋の欄干に結びつけ「これは宇宙のひも理論の具現化じゃ!」と真顔で説明し始めたため、周囲の観光客は呆然としていた…
「見よ!この髪の毛一本が、宇宙の全てを繋ぐ超ひもなのじゃ!ああ、なんと美しいのじゃ!君の髪の毛も一本分けてはくれんかね?二つのひもの間に働く力を測定したいのじゃ!二人のひもがもつれ合うことで、新たな宇宙が誕生するかもしれんぞ!あるいは、別の次元の君と繋がってしまうかもしれんが、それはそれで面白いではないか!」
私は彼に、信州の山岳信仰や伝説を熱心に語った。彼は時に「それは多宇宙論の優れた例だ!」「この伝説は、量子論的なゆらぎを示している!」と、自然の神秘を物理学の概念に無理やり結びつけて解釈しようとした。
ランチは信州そば。アインシュタインは、ざるそばを前に「これは超ひも理論の多層構造を表現しているのか?それぞれの麺が異なる次元のひもを表し、つゆが重力子を表しているのだな!ならば、この天ぷらは、一体何次元の存在なのだ?!宇宙の揚げ物理論はまだ未解明じゃが…!もしかしたら、この天ぷらの中に、別の宇宙の生命体が存在しているかもしれんぞ!」と真顔で尋ね、周囲の客をクスクス笑わせた。私も笑いをこらえきれず、箸を止めて笑い転げた。彼はお構いなしに、そばつゆに持参のどんぐりをいくつか浸し、その浮力を真剣に測定し始めた。
「ふむ、どんぐりの比重と表面張力が、この蕎麦つゆの粘度に影響を与える…実に奥深い現象じゃな!このどんぐり一つで、宇宙の膨張速度が計算できるかもしれんぞ!いや、待てよ…もしかしたら、どんぐりが持つ内部エネルギーが、ワームホールの入り口を示しているのかもしれん!そして、このどんぐり、わしの『異次元交信機』の部品になるかもしれん!」
そう言って、彼はポケットから錆びついたトランシーバーを取り出し、どんぐりをその上に乗せて、真剣な顔で「ピー、ガー、ワレワレハ…」と呟き始めた…
第四章:時空を超えたアクシデント
デートは順調に進んでいた…はずだった。次の目的地は、地獄谷野猿公苑。雪見温泉に入るサルを見に行こうと車を走らせていた時だった。
「博士、もう少しで着きますよ!」
私がそう言った瞬間、アインシュタインは突然叫んだ。
「いかん! この道は空間のねじれが生じている!ブラックホールの入り口が開こうとしておるぞ!わしの小指の爪が、いや、左の眉毛が、いや、もはや全身の毛穴がそう告げている!全身の毛穴が同時に痒くなるのは、ワームホールが発生している証拠なのじゃ!早く、この車の光速度を測定するのだ!そして、わしの『重力感知ペンダント』が、異常な振動を始めたぞ!」
彼の指差す先には、何の変哲もない舗装道路が続いているだけだ。しかし、次の瞬間、まるで映画のワンシーンのように、私たちの車がグニャリと歪んだ。そして、目の前が真っ白になったかと思うと、車は全く違う場所に停止していた。
「え…ここ、どこですか?」
目の前に広がるのは、見慣れない未来的な都市風景。空には空中を走る車が行き交い、建物は光り輝く素材でできている。
「うむ…どうやら、時空の特異点に巻き込まれて、私たちは未来へ来てしまったようだ。しかし、わしのこの奇妙な登山帽は、未来でもファッションの最先端かもしれんな!この帽子の中に、未来の宇宙船の設計図が隠されているかもしれんぞ!よし、この機会に未来の物理学者たちと、宇宙の最終理論について語り合わねばならん!ああ、見ろ!あそこに、ニュートンがおるではないか!彼はリンゴの法則についてまだ悩んでいるようじゃな!よし、声をかけてみるぞ!『ニュートン君!君の万有引力の法則は、量子レベルでは通用しないのだよ!』とね!」
アインシュタインは興奮して指を差した。彼の視線の先には、確かにリンゴの木の下で頭を抱えている男の姿が見える…ように私には見えた。いや、見えた気がしただけかもしれない。私の常識はすでに限界を超え、混乱と笑いが入り混じった感情に支配されていた…
第五章:帰還、そして新たなデートへ
未来の街で私たちは大冒険をした。アインシュタインは未来のテクノロジーに興味津々で、私は未来人との会話に戸惑いながらも、彼の隣でハラハラドキドキの時間を過ごした。
彼は未来の科学者たちと白熱した議論を交わし、彼らの複雑なデータを見ながら「君たちの計算は甘い!ここに『どんぐりの運動エネルギー』の要素を加える必要がある!どんぐりの軌道は、宇宙の運命を左右するかもしれんのだぞ!そして、あの失われたキャンディを探す理論も組み込むべきだ!それから、君たちのタイムマシンは、わしの『時間の流れを可視化する眼鏡』で見ると、まだ改良の余地があるな!レンズの歪みが、別の未来を見せているぞ!」と熱弁していた。
「さあ、そろそろ現代に戻ろうかのう。タイムパラドックスを起こしてはならんからな。もし未来のわしに出会ってしまっても、決して質問をしてはならんぞ!質問が多すぎて、宇宙の全ての情報が崩壊してしまうかもしれん!特に『今日は何曜日?』という質問は厳禁じゃ!わしは時空の概念を曖昧にしておるからな!ああ、そうだ、未来のワシは、まだあの失われたキャンディを探しているかもしれんぞ!」
アインシュタインはそう言って、何やら複雑な数式を空中にかざした。すると、再び視界が真っ白になり、気がつけば私たちは地獄谷野猿公苑の入り口にいた。サルたちが温泉でくつろぐ姿が目の前に広がり、あたりは夕暮れの柔らかな光に包まれていた。
「まさか、本当に未来へ行っていたなんて…」
呆然とする私に、アインシュタインは優しく微笑んだ。
「人生は相対性に満ちている。予測不能な出来事こそが、最高の思い出になるのじゃ。そして、最も重要なのは、全ての出来事が観察者によって異なるということじゃ! 君にとっての『ハチャメチャ』が、わしにとっては『宇宙の真理を探求する一歩』なのかもしれんしな!ああ、そうだ、今この瞬間も、別の宇宙ではわしが君と温泉に浸かっているかもしれんぞ!そして、あの失われたキャンディも、別の宇宙では発見されているはずじゃ!…君の常識が、少しは揺らいだかね?それこそが、真理への第一歩なのじゃ!」
長野の夜空には満天の星が輝いていた。私はアインシュタインの横顔を見上げた。彼の奇妙な言動も、今となっては全てが愛おしい。このハチャメチャなデートは、私にとって忘れられない、まさに時空を超えた体験となった。
「博士、またデートしてくださいね!」
私の言葉に、アインシュタインはニヤリと笑い、顔を近づけて、なんとべーっとアッカンベーをしたのだった。その顔は、まるで永遠のいたずらっ子のようだった…
SCENE#115 時空を超える!アインシュタインと長野で恋の相対性理論 魚住 陸 @mako1122
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます