千葉はオタクのディズニーランド
「やんばいやんばい、はやくはやく!!」
千葉は幕張メッセ、駅から続くプロナムロードにて。早足で歩くのは黒髪ロングの少女。彼女は興奮気味に鼻息を荒くし、先ほどまでは隣にいたおさげの少女──こちらは缶詰のような満員電車による人の圧迫感とそこから吐き出され餌を求める鯉のように歩く人混みに疲弊し息が荒い──の右腕をぐいぐいと引っ張っていた。屋根付きのエスカレーターを上れば、あとは炎天下。春先とはいえインドア派であるおさげの少女にとってはじわじわとライフが削られていく。彼女たちを追い越す人々のなかには、二人と同じように至極一般的な格好をした人から、お気に入りのキャラクターグッズをじゃらじゃらとつけたカバンを持っている人、さらにメイクから髪型までこだわった、いわゆるコスプレをしている人など老若男女十人十色。歩いているだけでタイムスリップしてるみたい、とはおさげの少女がやっとの思いで吐き出したセリフである。
「んぎゃ」
突然止まった友人の背中に思いっきりぶつかり、痛む鼻を撫でながら彼女の視線を先を追う──
「うっわーーーーーーーー!!」
「おぉ……」
ドームを覆うふくらんだ屋根は快晴の下太陽の光を照り返し、会場へと続く扇型の階段はバーゲンセールへと突進する主婦のような人々でいっぱい。横にある大きな電子モニターには散りばめられた派手なアイコンとともに「ようこそ」とさまざまな言語で映し出されている。中のステージの音楽だろうか、合いの手を入れる観客の声まで聞こえる。
「ニコニコ超会議、すっごーーーー!!」
普段はYouTube派である二人だが、ニコニコ動画の祭典、超会議には以前から行きたいと(主にロングの少女が)話をしていた。
「チケットチケ、っと……電波わる!?」
入り口から人の波でひしめくなか、全体マップと特典のうちわをもらい会場入り。
「はぁ……」
おさげの少女にとって感嘆といえば感嘆でため息といえばため息で。現在地は二階、そこからエスカレーターで下がるのだが、会場の景色がディズニーランドにいる人たちを東京ドームに詰め込みましたぐらいの大賑わいっぷりである。ステージではギラギラのスポットライトやペンライトが輝きを放ち、各ブースでは大きく迷路のように囲われたものから一個人が出している出店のようなものまで。
「えっと、まずはグッズ!! 販売ブース!!」
「Aの西って……これ、反対じゃあ‥‥?」
「うそまじ!? あ!! 推しカレーが売り切れちゃうって!? あっち先行こ!!」
「あの列並ぶの!?」
フランクフルト、ケバブ、ラーメン、定番のメニューもあれば会場限定のものもある。推しカレーとは推し──好きなキャラ──のイメージカラーになぞらえたカレールーを選べるというもの。最近ではアニメグッズの専門店以外でも、生活雑貨の店などで「推し色」と売り出されている。
「あんなん、ただ色違うだけじゃん…」
電波が渋滞し滞留しているTwitterを見ている友人をよそに、冷めた感じのおさげの少女。とはいえ、知っているアニメキャラの格好をしている人を見たり、ビンゴをするなど体験付きの活気あふれたブースを見たり、楽しそうな周りの人の笑顔を見たり。そのうちじわじわと胸の奥が熱くなって、この会場の熱気と一体化したような気持ちになってくる。特段誰が好きでも応援しているわけでもないのに、何かを一緒に成し遂げたような青春の感じ。
「特典配布終わったかも!?」
「大丈夫だよ、ゆっくり行こ」
涙目の友人をなだめ、腹ごしらえとカレーを注文する。
昼食をとったあとは物販エリアに並んだ。一体どこに飾るのか、ニコニコ動画のキャラクター、ニコニコテレビちゃんのぬいぐるみを買い、新作ゲームのブースで体験プレイをし、好きなイラストレーターの描き下ろし漫画を買い、あまり知らないがニコニコ動画で有名だという人をステージで見て……と。
「待って!! なにこの『働きたくない』缶バッジは!! 欲しい!! 大学のカバンにつける!!」
「やめときな、通勤時間の山手線で殺されるよ」
人々は減ることなく歓声もやむことはない。屋内だから空の移り変わりも感じずまるで永遠の時が流れているよう。
「そういえば、イベントスタッフのアルバイト? をしたことあるって子が言ってたんだけどね、アイドルのステージが一日中見られるんだって!!」
「へぇ」
確かに、至るところで見る超会議の服を着たスタッフは二人のような学生も多い。
「あんたには無理だよ。きっと朝早い集合で、もちろん前日から荷物の運び込みとかあるし、ずっと立ってたり声出して人混み整理とか……」
「私たちは神様でいようね」
ずいぶんお賽銭をくれる神様だなぁと思いながら、今日一日、新たな「スキ」を見つけられた気がする少女だった。
「やば!! 帰りのSuicaチャージ用の現金ない!!」
「歩いてお帰りください、神様」
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