神戸の街で中華を




「うっひょーごうかなこうべのやけい、って覚えたんだよね」

 兵庫は神戸空港、屋上にあるブロッコリーのオブジェ前にて。黒髪ロングの少女は友人が初めての飛行機でおかしくなってしまったのではと心配していた。ただ、目の前にあるソレは、確かにブロッコリーであった。

「だ、大丈夫……?」

「進研ゼミ、兵庫の県庁所在地、神戸」

 夕日に染まりそうな街並みを黄昏たようにどこか遠くを見つめているおさげの少女。

 着陸してから(というより離陸してから)終始ぼーっとしている彼女を引っ張り、列車へ。駅に着き、ホテルへ向かおうとすると──

「ど、どうした!?」

「おおおおおおお!?」

 おさげの少女が急に立ち止まったかと思えば、

「見て! エスカレーター、右側通行! 関西弁!!」

 静かにコーナーを曲がったかと思いきや急にアクセル全開で追い抜いてきたレーシングカーのように、啖呵を切って喋りだすおさげの少女。どうやら彼女は関東とのギャップに興奮しているようだった。道を聞いた警備員のおじさんに対しても惚れちゃいそう……とうっとりしていたので、おさげの少女から目を離してはならないと意を決するのだった。


 神戸といえば江戸時代から港が開かれ外国人居留地が設けられた、というのは薄っぺらくも義務教育で習うことである。ホテルに荷物を預け身軽になった二人がたどり着いたのは南京町。本日の夕食はここでとるつもりだ。関東住みなのだから横浜中華街でもいいではないかという思念はタブーで。

 西安門と書かれた青のプレートがのる朱色の門には、四方を飴細工のように引き伸ばされた二段の屋根に等間隔に金の装飾が施されている。黄昏時に迷い込んでしまえばまるで千と千尋の神隠しのように、人ならざるものと出くわしそうな雰囲気である。吊り下げられた豚の丸焼きと、目が合う。

「ふへー、どれも美味しそう!! 何食べたいとかある?」

「ん……」

 ようやく気を取りもどしてきたおさげの少女は、機内で飲み物もろくに口に入れていなかったことを思い出す。のどを潤したいと目に入ったのはシェイクの店。ヨーグルトベースにいちごやオレンジ、ソーダなどのカラフルゼリーが入った、チャイナ服パンダがトレードマークのところである。

「早速買い食い開始だね!!」

 ロングの少女はいちご、おさげの少女はレモン。一気にちゅーっと吸ってエネルギーチャージ完了。

 中華まんは拳サイズを超えた大きいものから、形がパンダ、ウサギ、カエルなんてのもある色もとりどりで種類も豊富。なかでも行列が出来ていたのは小籠包の店だ。一口サイズの小さい生地の中からじゅわっと溢れ出す肉汁とともに顔を見せる餡……もちろん列に並びはふはふ言いながら食べた。

 赤や黄色のギラギラした看板はほとんどが中国語、つまり漢字で書かれていて、本当にここは日本なのかと錯覚してしまう。びっしりメニューが書かれた看板を一つ一つ丁寧に見ながら中央まで行くと、何やらこぞって写真を撮っている場所が。門と同じような装飾の二段の屋根、下にはベンチがあり、周りを動物の石像が並んでいる。東家というところらしい。さてふと隣の通りを見ると降ろされたシャッターに虎のグラフィティーが描かれている。中華系マフィア、なんてワードを頭に浮かべながら、まっすぐ道を進んでいった。

「「フカヒレ食べたい〜〜!!」」

 至る所にフカヒレフカヒレと書いてあればそりゃ二人の心も一致するものである。しかし一食千円以上の料理がほとんどで、旅行初日の二人にとっては少し厳しい。そんなとき目に入ったのはフカヒレスープ五百円。熱々の鍋のなかでとろりとしたスープが湯気をたちのぼらせながらゆっくりかき回されていく。店主と目が合えば入るほかないだろう。黄金のスープに胡椒を少々入れて召し上がれ。一体どこにフカヒレ要素があったのか彼女たちの舌では分からなかったが、たしかに心は満たされたのだった。


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