兵庫にだってハーブはある




「ふわぁ……」

 神戸はロープウェイ、朝の十時にて。おさげの少女がガクブルと肩を震わせている中、黒髪ロングの少女はあくびを噛み殺していた。

 昨晩は中華街の先、ポートタワーがあるメリケンパークで夜のライトアップがされた「BEKOBE」モニュメントの写真を撮り、無料の展望台である県庁から神戸の夜景を見たあとは、倒れ込むようにベッドで寝た。とはいえ本日も過密スケジュールである。開園直後のハーブ園に行くため、朝からシャワーをすませ現在に至っていた。

 ときどきガタッと揺れ、発進と停止の時に感じるかすかな浮遊感。別の意味で二人ともふらふらと乗り場を降り、そこに見えた景色──

「かわいい!!」

「……うん」

 スイスの街並み、というような。クリーム色ベースの建物に焦茶色をした木の板の三角屋根がついていて、一片に三つある窓の下には横長の鉢植えが飾られている。さらに、園の入り口らしき中心にはギリシャ時計が。一階部分はどこもアーチ状になっており、中に入れる仕組みだ。そして最も目を奪われたのは青空のもと、純色に彩られた花々だろう。芝で囲まれた花園には、赤と黄色のチューリップ、白いスイセン、ピンクのバラたちが歓迎してくれている。フリルのついたドーム状の日傘をさし、レンガ造りの石畳を渡れば、まるでおとぎ話のお姫様のよう。眠気も恐怖も吹き飛ぶ、乙女心をくすぐるメルヘンな庭が、そこにはあった。神戸の街が眼下にある山の頂上で、さわやかな風に吹かれポテトの良い香りが鼻腔をくすぐり……

 ぎゅるるるるるる

 二人のお腹が同時に鳴る。撮影スポットとは打って変わり人々が集まる場所が、たしかにあった。ソーセージまるまる一本にマスタードとケチャップソースがかけられたホットドッグ、なんか美味しそうな塩が振りかけられたポテト、シュワシュワのコーラ。ジャンクフードの極みであり、オール世代が嗜好する映画館必須級のアイテムが、その店にはあった。何も悪いことはない、朝ごはんを食べてきていないのだから。朝ごはんは一日のエネルギーに必要なのだから。何より、ソコに、売っているのだから。


 腹を満たした二人はようやく本命のガーデンへと進む。これまたドールハウスのミニュチュアに出てきそうな木造建築は香りの資料館であり、アロマスタジオではオリジナルのルームスプレーやネイルフレグランスを作れるワークショップもあった。ローズシンフォニーガーデン、フレグラントガーデンを散策。ロープウェイで登ってきたところを下るように園が広がっているらしく、心地の良い朝の空気をいっぱいに吸いながら、ちょっとしたハイキング気分であった。ハーブミュージアムはたくさんのハーブがそのまま屋外に植えられており、一つずつ名前と香りを楽しむことができる。それからラベンダー園を抜け、二人の目が輝いたのはグラスハウス。ハウス、というよりパレスである。四つドームが繋がった室内に入ると、またも赤や黄色、ピンクに白の花々に出迎えられ、ハンギングされた植物がガラスドーム越しに見える青空とマッチしている。さらに進むとおとぎの国の家の中を再現したような、ジャグジー付きのバスルーム、ドライフルーツの詰まった瓶が置いてあるキッチン、ワインボトルとガラスが置かれているダイニングの部屋が。古めかしく異国情緒のあるそのどれもに、奥ゆかしく儚げな色合いで、けれど情熱的な美を感じさせるドライフラワーたちが飾られていた。

「「じゃ、ジャングルだ……!!」」

 静謐な廊下を抜けた先、温室に入るとこれまた圧倒的な生命力が攻めてくる。天井まで届かんとするヤシの木、尖った葉っぱや丸い葉っぱ、細長い葉っぱに細かい小さな葉っぱ、もはや道があるのかと疑うほど生い茂る緑たち。こじんまりと隠されたカフェのパラソルテーブルでは、英国人が優雅にお茶を飲んでいようものならオウムが飛んできてスコーンをかっさらっていきそうな。カップルたちが写真を撮り合うハートの像から生き延び、やっと外に出れば高く昇った陽光が二人を照らした。

「カフェがあるよ!!」

「すっごいオシャレ……」

 人々がこぞって食べているミニパフェたるものは、サヴァランというらしい。一口サイズに切られたスポンジに生クリームとカスタードクリームがたっぷりとのせられ、旬のフルーツである大ぶりカットのメロンがどどんと誇らしい。一番下はこれまたジュレの層で最後まで楽しめる仕組みだ。新緑を眼前にかすかなハーブの香りにうっとりしながら、二人の優雅なティータイムが始まる。




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