第4話 テミスの契約

 ヴィヴィリアについてアルテミスと話し合った。


「ロングライト、久しぶりですね。200年ぶり?」


「この前はアルテミスがダイアナだった時ですね。マイケルにそう呼ばれていました」


 もしアルテミスが、マリオン侯爵家のマイケルに処女を奪われていたら、彼女はダイアナと名を変えて、C級神になっていた。古代神陣営には大きな痛手になるところだった。


「そんなことあったかな。それより神獣のこと。あなたの意思の確認しないで、丸投げごめん」


「まあいいんですけど」


「クララの判断だけど、救えるのはあなたしかいなかったのよ」


「対価をもらいに来ました」


「可愛い女の子の添い寝。それが対価じゃダメ?」


 確かにヴィヴィリアは可愛い。だから対価がいる。


「それが問題です。前世の『源氏物語』に似た話があって、幼い子を引き取って、添い寝しているうちに、最後は妻にしてしまうんですね」


「ヴィヴィリアを妻にしてもいいのよ。彼女もう子供も産める。男なら、チャンスがあればやっちゃいな」


「250年、チャンスなんてなかった。もしあっても僕はそんなことできないタイプなんです」


「ヘタレね。セックスはご自由に。してもいいし、しなくても。でも15歳になった日に殺して。これはヘタレてはダメよ」


「殺すんですか?」


「輪廻に帰す。アズル教は輪廻を支配しているわけじゃない。監視して、事前に汚い手を打って来るだけ。事前の監視さえ掻い潜れば、輪廻の中で彼女の本来の記憶が戻るはず」


「一応受け入れます」


「怖いのは、封印が解けたことにアズル教会が気づいて、再封印されること。そうなるとアリアはまた生でも死でもない世界をさまよって、自分を取り返すことができない」


「それはむごい」


「分かってくれた?アズル教からしばらく隠して、気が付かれないようにそっと輪廻に返す。そういうクエストなの。そうすれば将来アズル教が恐れている古代神の誰かが復活する可能性がある」


「ヴィヴィリアの6年間。僕との6年は彼女の記憶から消えるんでしょうか?」


「多分消えない。この6年間は復活したアリアの大きな力になるかもしれない」


「納得できました。協力します」


「クララが、ヴィヴィアンは絶対あなたの気に入るといっていたけれど」


「姪の美眉ミミとよく似ています」


「雪青とも似ているでしょ」


「そのことなんですが、僕は雪青の事を何一つ忘れたくないんです。それで一旦返したスキルなんですが、映像記憶のスキルを返してほしいんです」


「あの前世の17歳の夜、その記憶を忘れたくないということかな」


「忘れてはいけないんです。起きたこと、僕が感じたこと。雪青のことをこんなに早く忘れるなんていけないことです」


「あなた250年くらい苦しんでいるじゃない。もう忘れても雪青は許してくれるわよ。むしろ魂のレベルであなたが、鎖になっている。彼女の新しい転生を妨げているかもしれない」


「そうだとしたら、雪青の魂に謝ります。心から。でも僕はまだ執着している。敗北を抱きしめて生きていきたいんです」


「雪青もいい迷惑よ。でもまあ雪青もそれくらいのことやっているわよね。自業自得かな」


「映像記憶は返してもらえますか」


「実はね。あの時君からは何も返してもらっていない。結魂も、桂冠吟遊詩人ジョブスキルも、騎馬弓士ジョブスキルも、転生者に与えられる異言語理解も、それにあなたが今返して欲しがっている映像記憶も。全部あなたの中に今もあって、自分で封印しているだけだから」


「使おうと思えばいつでも使えたんですか」


「あなたが自分で封印を解けばいいだけ」


「知らなかった」


「でも忘れないためには、もっといい方法がある」


「何でしょう」


「1日前の感情に戻れる。寝ている間にしてあげる。だからロングライトは何もしなくていいんだけど」


「仕組みが分かりません。訳わからないで感情がいじられるのは嫌ですね。それに雪青への感情だけなんですか。他の感情もすべて戻されるのは困ります」


「ムーントロールのムカリオの時間魔法でできるの。特定の人物にかかわる感情と記憶だけを、1日前のもので上書きできる。つまり雪青のへの変わらない気持と、新しいヴィヴィリアへの愛情を両立できるわけよ」


「ムカリオさんが毎夜、僕の所へ来てくれるんですか」


「一瞬だから、ムカリオにとっては。彼女にはさほどの負担じゃない」


「僕は何を支払えば?」


「受けいてくれるのね。私はあなたの見えない能力値が欲しい。もちろん買い取りします」


「意味が分かりません」


「あなた毎日道端で死んでいく人を輪廻に送っているわよね」


「僕は手助けしたい衝動が我慢できないんです。死んでいく人が、雪青、前世の妻に見えて」


「その時その人たちは、すべてをあなたに捧げて死んで行っている」


「何かをささやいてくれます。あるいは何かささやきたい気配はあります」


「それが受け取れるのは結魂のスキルを持っている人だけみたい。他の人で試してもそんなことはできなかった」


「僕は変なんでしょうか」


「結果的に変になっているかな。ロングライトの場合、見える能力値は、攻撃力は50、他は100に決まっている。悪いけど私が決めているわよね」


「アズル教の目を欺くためですよね。受け入れてますよ」


「鑑定などでは見えない能力値があるの。見えない能力値の項目は30位あるらしいんだけど、あなた毎日各項目で10くらいの能力値が増えているみたい。推定だけど。死んでいく人があなたに捧げていく。死の直前だから、もう3歳児くらいの能力値しか残っていないのよ」


「諸行無常です」


「難しいことはわかんないわよ。それが異常に増えている。クララの推定では、累計で各項目7000くらい」


「僕はいらないので、どうぞ好きにしてかまいません」


「市場価格の7割で買い取る。それで了承してくれるね」


 この日僕は15歳になったらヴィヴィリアを輪廻に送ることを、テミスの契約で誓った。テミスの契約は破ると一族まで連座する。僕には一族なんていないけど。雪青がこの世界に来ていない限り。ありえないけど。


 それ以外に、僕の不要な能力値をアルテミスに売却し、代りに雪青に関する記憶と感情を決して劣化させない事を保証してもらった。

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