第3話 廃市カペラにて

 三日後。馬を買い替えながら、ある町の近郊の森へたどり着いた。まだ朝だ。ヴィヴィリアの石化を解き、戸惑っている少女にクララが優し気に何か話している。


 普通は馬を替えるには、馬屋のある町で、乗っている馬を売り、新しい馬を買うことになる。営業時間は限られているし、乗り手の休養、食事、排泄、睡眠が必要だ。


 普通の人間ならね。


 僕もクララも睡眠も食事も趣味であり、なくても困らない。エンプティ・ダンジョンがあるから、ダンジョントレードで馬の売買は瞬時に済む。


 カペラという小都市だった。西部の主要都市トリアエスからは馬車で12日の距離にある町だ。王都グリンガからは6日。ズドーライン王国の中央部にある目立たない町だ。


 僕は200年の周回で500回以上訪れている。この町の人口は1万人くらいだろうか。古い歴史がありそうな町だ。そして多くの商店もある。石鹸から奴隷まで。でも活気がない。人々の目に光がない。そんな町がカペラだ。クレセントはカペラは廃止だといった。


 町に入る前にカペラ周辺の森で弓で角ウサギを狩る。ヴィヴィリアにはペルソナ・システムの防具をつけてもらう。これがあれば浅い森ではケガをすることなどありえない。物おじせず、僕に懐いてくれる可愛い子だ。クララはいなくなった。


 ヴィヴィリアは前世の兄の娘、僕からは姪になる美眉ミミにとても良く似ていた。僕とは10歳違いだから、僕の17歳の時は7歳。歳まわりも似ている。美眉は僕にとっては妹のような存在だった。


 近郊の森で角ウサギを17体狩った。ヴィヴィリアは好奇心いっぱいの目で狩りを見ている。物おじしない強い子だ。さすが本体は神獣だ。


 冒険者ギルドで換金したのは9体。乞食冒険者にはやや多い9000チコリの稼ぎだ。宿に泊まるにはぎりぎりの金額だ。


 冒険者ギルドで僕とヴィヴィリアの登録をする。僕は200年冒険者をやっているが、長寿すぎて不自然なので、20年ごとに新規登録をしている。名前はロングライトとロンラグイト、ライトロングなど適当だ。


 昼前に安宿を見つけた。カペラで宿に泊まったことはないが、今回は記録に残すためにあえて泊まる。17歳の兄と9歳の妹という設定だ。ベッドは一つ。兄妹なら添い寝をしても不自然ではない。


 午後は和顔愛語、クリーンの布施行に慣れてもらう。人前に出る時は、ペルソナ・システムで、顔は猿の仮面で隠す。


 猿の仮面でもペルソナ・システムは表情が分かる。口角を上げるだけでなく、目じりも少し下げてしわを作って笑う。かける声は明るく励ます言葉を。


 愛らしいことこの上ない。あまり可愛いと目立ちすぎて、せっかく仮面をしているのに強い印象を残してしまう。それは避けなければ。兼ね合いが難しい。


 僕は和顔愛語、クリーンに加えて、ヒールし、贈与をする。今は複数の相手に贈与できる。誰に何を贈与するかは、隠れている倉庫妖精のクララに任せている。


 贈与予定の人数にまだ余裕があるので、貧困地域の荒れた広場で笛を吹く。荒れているが、ヴィヴィリアと二人でクリーンをしたので一帯は清潔で気持ちが良い。風もきれいだ。


 倉庫から木の葉の笛を出し、即興で曲を吹く。木の葉の笛はある貴族を懲らしめたときに手に入れた。元は神の杖という相手を強引に輪廻に送る凶悪な武器だった。僕が加工して、哀愁のある音の笛にした。


 前世で僕の得意な楽器は琵琶だった。この世界ではウードという楽器に似ている。ウロボロスのローズに音楽を習った時にウードも演奏した。でも今は笛がお気に入りだ。


 今日はヴィヴィリアと旅を始めた記念日だ。7歳の彼女の新しい(虚構の)人生の始まりを祝って、楽しい曲を演奏したい。ハ長調の曲にしよう。ハ長調は明るく、純粋でヴィヴィリアにふさわしい。


 僕はウロボロスに習った体の2つのリズム、呼吸と鼓動をヴィヴィリアとシンクロし、曲の気分と合わせて、彼女の感情を楽しいものに盛り上げていく。


 ヴィヴィリアは猿の仮面のまま、いい笑顔で集まった人の間を、金属の鉢を持って回っている。貧しくてもわずかなお金を恵んでくれる人たちがいる。


 布施されることで相手に功徳を得てもらうのも、僕のルーティン。それやると気持ちがいい。その一時の快感のためにやっている。


 ヴィヴィリアが陽気になりすぎて踊り始めた。僕は呼吸と鼓動のシンクロを観衆にも広げる。数人の子供がヴィヴィリアと一緒に踊り始めた。場の雰囲気が幸福なものになる。


 お金も1000チコリ以上集まった。いつもの数倍だ。集まった分は100チコリずつ、周りの人に贈与する。気が付かれないように贈与しているから、受け取った人は財布に100チコリ多く入っていて、あとでラッキーと少し幸せになってくれる。


 社会貢献や慈善ではない。100チコリにはそんな力はない。僕は前世で妻を失った、その妻へのささやかな償いだ。償いでもないかもしれない。妻はもう250年前に死んでいるから。


 ただ僕の気持ちが布施をすることで、少し慰められる。ただそれだけ。200年前この世界に転生してからほぼ毎日続けている。


 ほぼ毎日続けていることがもう一つ。貧困地域の広場には死を予期した老人が、死ぬために横たわっている。そんな老人たちを抱きかかえ、安らかな死を迎えられるように寄り添う。


 前世の妻だった雪青ゆきあおは不治の流行病で苦しんで死んだ。僕はそこに立ち会えなかった。今もそれを悔いている。だから死にゆく老人が苦しむのを見捨てられない。


 今日も一人の老婆がいた。抱き起し、ヒールをかける。このヒールは昔ビアンカという女冒険者からもらったものだ。200年使い続けて、レベルはカンストしている。


 痛み耐性を贈与する。これで彼女の痛みは無くなった。僕は雪青に言ってあげたかった言葉をこの女性に言う。


「生きてくれてありがとう。あなたの後世が幸せでありますように」


 この女性は少し微笑んで何かを言う。もう言葉にはならない。でも僕はあなたの最後の微笑みを受け取りました。


 宿では夕食は頼んでいない。そこまでお金がない。角ウサギの肉を川原で焼いて、骨でスープを作る。あとはお湯も沸かしておく。ヴィヴィリアはもう可愛くお腹を鳴らしている。


 スープと焼いた肉、お湯を倉庫に収納する。倉庫にはそのための容器がいくつかあるから大丈夫。パン屋で無発酵の黒いパンを2つ買い、これも倉庫に入れる。


 安宿の固いベッドに二人で座り、温かいままのスープと黒パン、紫のお茶の夕食を取る。


 そしてヴィヴィリアと温め合って眠る。


 廃市カペラの安宿で、僕たちの新しい生活が始まった。

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