第5話 ヴィヴィリアという少女
ちょっと言いたい。
「私は女」
私は女の子ではなく、ちょっと背の低い女だ。9歳だが子供ではなく、女なんだ。しかも飛び切りの良い女だ。顔は良いし、身体はこれからセクシーになる。心は一途にロングライト兄さんを思っている。
「兄さんは舐められている」
乞食冒険者は見下されている。冒険者ギルドでは稼ぎが悪いと嘲笑される。スラムのガキには石を投げられる。兄さんはへらへら笑て、決して怒らない。誰からも舐められている。
「兄さんに女はできない」
いつも旅している兄さん、しかも貧乏な兄さんには女ができる可能性はまったくない。17歳で性欲の全盛期の男性にはあまりに辛いと思う。
だから私は毎夜、兄さんと同じ寝床に入って、身体をぴったりくっつけて寝ている。私を兄さんの女にしてほしい。兄さんも私を好きだから、私を大きな胸にすっぽり抱いてくれる。私は幸せだ。
クララお姉さんからペルソナ・システムの説明を受けた。基本は仮面(ペルソナ)だ。私の場合は多くの人の目にさらされるときは猿のお面をつける。これは絶対守れといわれた。
基本的には仮面は常時着用で、念じると素顔になれる。素顔になるときは、ロングライトと二人の時だけ。私は別に構わない。私の美しい顔は彼だけに見てもらえばいいから。
ペルソナ・システムは自動成長する装備だ。250年の間に成長して、体全部を守る装備になったという。クララ姉さんが特に強調したことがある。女にとって大事なこと。
この装備をつけているときは、女性は決して性的に強姦されない。下半身だけでなく、口も守られている。どんな鋭い刃でもペルソナ・システムの防御を破ることはできないそうだ。ましてや男根なんかで破れることはない。もし私がその人とまぐわい合いたいと思う時は、システムを解除しなくてはならない。
もしその相手がロングライト以外の男だった場合、ペルソナ・システムは自動的解除され、ロングライトに帰る。クララは彼女個人の意見として、この世界にロングライト以上にいい男とはいないと付け加えた。だから浮気はやめた方がいいと。
「やっぱり」
やっぱりクララはライバルだった。クララからロングライトを奪うために私は頑張る。私は絶対他の男に気持ちを向けることなど無い。
1か月が経ったが、毎日が楽しい。宿に泊まったのは最初の日だけで、後は方丈の庵で寝ている。庵はエンプティ・ダンジョンのマスタールームだそうだ。
エンプティ・ダンジョンは丸ごとクララの倉庫の中に入っている。野営する場所が決まったら、そこにダンジョンを展開し、マスタールームを選ぶ。方丈以外のタイプもあるらしい。
クララはいつも少し高い丘のような場所に方丈を置く。庵と外界は断絶しているのに、なぜか中からは外の景色が見える。私が好きなのは月が湖に写っている景色。
良くロングライトは木の葉の笛を吹いてくれる。
この時わずかに気配がするのは、クララ以外のもう一人の従者クレセントだという。彼女の気配の消し方は凄い。私もロングライトの視線でやっと気が付く。
クレセントはかなりの頻度で夕食の席にいる。そして一緒に食べている。笛の時もいるし、そのあとロングライトが私にお話をしてくれる時にもいる。そしていつの間にか居なくなる。見えないからいつ来て、いつ帰るか分からない。
私はクレセントもライバルなんだと女の勘でわかった。クララによればロングライトの従者の筆頭はサガデというサキュパスだという。月1回新月の時だけ来るらしい。私には気配も全く感じられない。
ロングライトは朝早く起きて、夕食の残りを温かいリゾットにしてくれる。朝食は簡単に済ませる。最後は紫の苦いお茶。
毎朝、クララがダンジョントレードで元気のいい馬を買ってくれる。その馬にロングライトと二人で乗って、次の集落の近くへ移動する。
午前中はモンスター狩り。私が主体で角ウサギを狩る。私の武器は投げナイフだ。角ウサギに近づかれた時は、直接ナイフで刺したりもする。
角ウサギは戦意の無いときや逃げる時はジグザグに走るが、相手を角で突き刺そうとするときは直線走りになる。ジグザグ走りは、投げナイフ。直線走りは引き付けて、躱してナイフで刺す。
ロングライトから狩りの掟を教わった。モンスターを殺すのはモンスターの魂を救う良いことだが、人や動物の命は奪ってはいけない。
兄さんは私を斥候として育てたいのかもしれない。忍び足、気配遮断、気配察知、罠の発見などを毎日教わる。それと遠距離からの投げナイフ。私はどれも得意だ。
昼食は無発酵のパンに血のソーセージを挟んで食べる。最安だけど、慣れるとうまい。
午後は町に入って、布施行。猿面での和顔愛語も上手にできるし、明るい声かけも素で行ける。そして私の好きな踊りの時間。私の猿真似踊りが観衆を笑わせる。仮面で変な顔をすると爆笑される。
兄さんの前世でも猿回しという芸があったらしい。それには本当の猿が、人間の真似をして笑いを取っていた。でも私は逆。人間が猿の面をかぶって、猿の真似をして笑われている。
ロングライトの笛はリズム良く、私の即興の踊りを支えてくれる。観客まで踊り出して、みんなが幸せになる時間だ。こういう日はお布施も多い。
最後は道端で倒れている老婆を兄さんが看とる。貧しい人は自分が死ぬと分かると、家を出て道端で座り込む。横になっている時はもうすぐ死ぬ時だ。私はそばでおばあさんの手を握る。終わると町の外に出て野営場所を探す。
見下され、舐められ、貧しいけれど、幸せだ。
でも私は夜中に恐怖で泣いているらしい。
時々自分の叫び声で目が覚める。いつもロングライト兄さんが私の背中をとんとんしてくれている。とんとんに気がつくと、私は深い安心に包まれる。また寝る。
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