第2話 クララの決断

 贈与というスキルがある。匿名で他人に何かを贈れる。当然見返りはない。


「お人好し。馬鹿ともいう」


 知る人は世界に極わずかだが、贈与スキルを10万回使うと、お返しが来るという。お返しはすごい。贈与した10万人の持っているスキルの中で、最高のスキルがもらえる。


 そんなことを実際にするのはロングライトしかいない。


 しかもお返しが来ることを知って、それ目当てで贈与すると、今度は悲惨な運命を贈与される。


「だれが? 何のために? 考えたら負けである」


 ロングライトへ来るものは、すべて私が受け取るので、ロングライトはお返しのことなど知らず、毎日布施行で贈与しまくっている。するとどうなるか。


 こうなるのである。お返しは6カ月に1回来た。痛み耐性(ユニークスキル)、鑑定、アクアヒール(病治癒)、ゴーレム制作、表計算、身体強化、魔道具制作、薬師ジョブスキル、マッピング、リペア。以上お返し10個。


 5年でお返しは来なくなった。贈与スキルがレベル2に上がり、5人に同時に贈与できるようになった。その代わりお返しはこなくなった。


 痛み耐性はユニークスキルなので、贈与してもなくならない。死にゆく人、月経、出産、怪我。私は鑑定で痛みを感じていそうな人には100チコリでなく痛み耐性を贈与していた。


「幸せな1週間を過ごしてね」

 

 もらった人への効果は1週間で消える。それでもその間、痛みが無くなるのはうれしいと思う。


 それ以外の9個のスキルは私、クララが百分の一のプチスキルにして、100チコリに混ぜて贈与した。特に子供にはお金よりスキル。


 鑑定プチスキルはあらゆる物の名前が分かるだけ。最初はほぼ役に立たない。でもスキルは使えば成長する。常時使えばいつかは鑑定という素晴らしいスキルが手に入る。かもしれない。


 お返しスキルのプチスキルはとんでもない性質を持っていた。プチスキルの持ち主が死ぬと、成長したプチスキルがロングライトに返ってくるのだ。5年後くらいからこの現象が起きた。私は帰って来たプチスキルを、そのまま布施行の贈与に回した。


「プチスキルは永遠」


 ズドーライン王国の貧困層は200年の間に、ロングライトによって少しだけ豊かになっていた。


 ただ均等ではない。私、クララのせいである。私はアズル教が嫌いだ。だからロングライトの巡回ルートから、東部のキンジャバ辺境侯爵領のラピート周辺、南部のマリオン侯爵家のラエンネックを外している。


 逆に優遇しているのは、西部のウエストファリア辺境侯爵の領都トリアエス。中でもロングライトに貢献してくれたヴィヴィアンの故郷ンジャメナ村。


 もう一つは南西部のワンダリー家の都市エスタ周辺。ここは代々賢者を出し、当主は王国の宰相になる家だ。どちらも反アズル教の貴族の領地だ。


 さて200年の間にロングライトが布施した金額は少なく見て7億チコリ。肉や各種スキル、痛み耐性、ヒールなどを勘案するともっと多い。


 長い間継続していると無視できない差が生まれていたかもしれない。


「すまない。スタンピードを起こしたのは私、クララだ」


 今回のスタンピードだが、西部のンジャメナ近辺で起きた。嫌な予感がする。このところンジャメナ村の人口が増え、もう村ではなく都市と言える規模になってきたからだ。


 だれかがこの変化に気が付いて、それを潰すため、人工スタンピードを起こした可能性がある。もしそんな誰かがいるとしたら、そいつは私の敵だ。敵と言えば、


「私の敵、アズル教がスキを見せた」


 謎の神獣少女アリアだ。。アリアは古代神陣営にとって、重要な神獣だと思う。おそらく洗脳事件の時に行方不明になった神の眷属だろう。


 もたもたしたら、アズル教会が気が付いて再封印するに違いない。


すぐ隠す。


 今すぐ輪廻に返すのはアズル教に気が付かれる可能性が高い。アズル教会が輪廻を監視しているのだから。


 名前を変えて、失われた記憶を捏造する。ロングライトの従者として6,7年過ごして、成人したころ、そっと輪廻に送り出せばいい。


 強力な神獣ならば、輪廻の中で必ず本来の自己を取り戻すはずだ。アズル教がここまで厳重な封印をしているのは、アリアが脅威だからだ。


「拙速を恐れない」


 私は独断で今すぐやることを決断した。利用できる資源はヴィヴィアンのペルソナと前世のロングライトの妻雪青のペルソナだ。ロングライトのペルソナコレクションにある。それを私のスキルで分解し、編集し、アリアにコピーする。


 ベースはンジャメナ村で230年前に生まれたヴィヴィアンの記憶。それにロングライトの妻、雪青の記憶を統合する。


 雪青の前世の経験の記憶はいらない。雪青がロングライト(長明)を慕う気持ちだけを抜き出す。


「出来上がった」


 名前はヴィヴィリア。種族はヒューマン。スタンピードで孤児になったという設定。年齢は9歳。


 5歳でほぼ全員がもらえる生活3魔法も持っていなかった。手元にあるプチ火魔法。プチ水魔法。プチ浄化を与える。


 生活3魔法、点火、飲水、クリーンの代替だが、私の与えたプチ魔法はスキルの成長の制約がない。いつかは火魔法、水魔法、浄化のスキルに成長するかもしれない。


 顔はヴィヴィアンと前世の日本人雪青の合成だ。ヴィヴィアンを7、雪青を3。これでヴィヴィリアはこの世界でいそうな顔になった。それでいて何気なく雪青に似ている。


「ロングライトに可愛い少女をプレゼントだ」


 次は移動だ。夜だがロングライトは夜目が効く。馬にも乗れる。行くよ、3人で。


 ヴィヴィリアは石化して、私の倉庫に収納する。ダンジョントレードで駿馬を買い替えながら、三日くらい夜通し東へ走って、たどり着いた集落でヴィヴィリアの冒険者登録をする。


 10歳未満の子の冒険者登録は推奨されていないが、禁止でもない。Gランクの仮登録ができる。これでヴィヴィリアは公的場所で登録されたことになる。名前、年齢、出現場所、神獣ではなくヒューマンという属性。


 これだけ変えればアズル教会の探索には引っかからないと思う。

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