第二十一章|知ってしまった夜 ― 罪と愛のはざまで ―

レオナルド・フィオーレは、

静かな執務室にひとり座っていた。


外は夜更け。

ブラインドの隙間から微かに月明かりが漏れている。

デスクライトだけが、室内を鈍く照らしていた。

手元には、分厚い極秘ファイル。

その表紙には、明確に記されている。


《ロッソ・カルミネ――裏社会における動静》


これを見るのは、これが初めてではなかった。

捜査官として、すでに幾度となく目を通してきた記録。


だが今夜――

この手でページを開くのが、いつもより重く感じた。


指先に、わずかに力がこもる。

紙の端に触れたまま、ほんの一瞬だけ動きが止まった。


(……知ってる。全部、わかってるつもりだった)


それでも、ページをめくった瞬間――

血の匂いが立ち上るような錯覚に襲われた。


冷酷な取引。

証拠も残さぬ制裁。

脅し、裏切り、粛清。

国家さえも裏から操ったと言われる強引な手口。


そこにあったのは、あの笑顔も、静かな声も、

時折見せる儚さも――

そんなものとは、まるで別人の姿だった。


ページをめくるたび、胃の底がひっくり返るような吐き気。

それでも、目を逸らすことはできなかった。


乾いた報告書。

冷たい証言。

数字だけで語られる、死者の数。


ふと、手が止まる。


乾いた報告書の行間に滲む、生々しい現実。

死者の数はただ数字で記され、

現場の情景は目撃者の証言で淡々と描写されていた。


「闇の中から歩いてきた。背の高い男だ。顔は見えなかった。

だが、ためらいもなく引き金を引いた。

その場の空気が、一瞬で凍った」


「倒れた男の横を、何事もなかったかのように通り過ぎた。

足音だけが、やけに耳に残っている」


活字なのに、光景が頭の奥で鮮やかに形を持つ。

レオの中では、その“影”にカルミネの輪郭が重なっていた。

顔は見えない――

けれど、そこに立っているのが誰なのか、もう疑う余地はなかった。


レオは、そっと目を閉じた。


目を背けたかった。

けれど、逃げることはできなかった。



すべてを見て、すべてを受け止めたかった。

それが、今の自分の――“答え”だった。


ファイルを閉じる音が、静まり返った室内に落ちた。

もう夜は深い。


それでも、ページの向こうにいた男の姿が

まぶたの裏から離れなかった。


レオナルド・フィオーレは、休暇を申請した。

自分の目で――カルミネという一人の男を、確かめるために。

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