番外編|恋の十五分 ― エリオ、裏社会の裏方になる ―

マフィアの恋は恐ろしい。


──ホテル地下、サービスエリア奥の倉庫。

蛍光灯がちらつき、洗濯カートとシーツに囲まれた狭い空間。


カルミネはスーツ姿のまま駆け込んできた。

ネクタイを外しながら、息を整える。


「……時間がない。ボーイの制服は?」

「ここに!サイズも間違いない。」

「よし」


カルミネは迷いなくシャツを脱ぎ、制服に腕を通す。

その横で、エリオは焦りながらも確認を始めた。


「ワゴンの中、仕込み完了。ドレス、リップ、ハイヒール……」

「リップは?」

「シャネル、赤の58番」

「香水は?」

「“ポワゾン”。ボスの指定どおりに」

「いい」

「おい待て、それボスがつけたら死人出るって!」


「……あの小娘に負けるわけにはいかねぇ」

「分析官?負けねぇよ!!」


カルミネは満足げに頷く。

「十五分で戻る」


「じゅ、十五分!?」

「それで足りる」


制服の帽子を被り、完璧な笑みを作ると、

カルミネはワゴンを押して倉庫を出ていった。


⸻静寂。


エリオはドアの方を見つめながら、ため息をひとつ。

「……恋って、ここまで体張るもんか?」


⸻十五分後。


扉が再び開いた。

赤。闇を裂くような真紅のドレス。

光を受けて流れる黒髪。頬は紅潮し、視線は伏せがちで――

完璧な“艶然とした淑女”が現れた。


「……っ! だ、誰!?」


カルミネは軽く髪をかき上げながら答える。

「俺だ」


「俺だ、じゃねぇぇぇ!!」

エリオの叫びを無視して、ワゴンの陰で、赤い布が一瞬宙を舞った。

「エリオ、スーツだ!」

「おぅ!」


エリオが慌てて差し出したスーツに袖を通し、

カルミネは再び完璧な“カルミネ・ロッソ”へ戻っていく。


ボタンを留め、襟を正すと、

いつもの静かな声でひとこと。


「熱いキスだった……」


「そんな報告いらんわ!…ってどこで⁈」


「あの小娘、固まってやがった。俺に勝てると思うか。レオが見てるのは俺だけだ。」


「はいはい。だからそう言っただろう。」


カルミネは満ち足りたようにネクタイを締め、

颯爽とドアへ向かう――が。


「ボス! 口紅落としてないぜ!」


ぴたり、と足が止まる。


カルミネは一瞬だけ目を見開き、

そのままくるりとエリオの方を振り返った。


「……最悪だ」


タオルを掴んで鏡に向かう姿は、

さっきまで“絶世の美女”だった男とは思えないほど必死だった。


エリオは呆然とつぶやいた。

「完璧主義って、時々かわいいな」

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