第3話 元反社組長田代の長女はクリスチャン

 千尋は、思いだしたように言った。

「小学校六年というと、八年前ねえ。田代さんは中学は私立の中高一貫校に入学して、それ以来、一度も会ってないけどね。

 いじめから非行に走らなければいいけどと、田代さんを案じてたわ」

 静奈は、沈んだ表情で答えた。

「そういえば、反社抗争があった翌日には『田代と話した奴は村八分にする』なんて言い出す男子がいたわね。

 見るに見かねた担任が、クラス全員を苗字で呼ぶのではなく、名前で呼ぶことにしたね。田代さんのことは、結衣なんてね。

 そして結衣には放課後、園芸やうさぎの飼育をさせてたわね。

 私もときどき、お手伝いに行ったけどね」

 担任曰く

『結衣が毎日水やりしてくれたひまわり、こんなに綺麗に咲いたよ。

 また結衣が餌をやったおかげで、うさぎがこんなに大きくなったよ』

 おかげで、田代さんは自信がついたのか、勉強の方も頑張ってたわね。

 まあ、なかには『これからの反社はインテリだよな』なんて陰口を叩く子もいたけどね」

 千尋は思い出したように言った。

「そういえば、去年、田代組長が亡くなったのを機に、田代結衣は著書を発行したわね。タイトルは「魂の癒し場所」で、私買って読んだのよ。

 田代結衣曰く、小学校のときの出来事は

『楽しかったですね。だって何にも考えずに過ごすよりも、いろんなことを考えて過ごした方が』

と記してあったけど、結衣って強い人だなって思った。

 でもその裏には、田代組長の結衣に対する強い愛情があったからじゃないかな?

 そのなかで、初めて友達つきあいした元小学校時代の同級生の記事があったけど、もしかしてそれって、静奈のことなのかな?」

 静奈は答えた。

「実はそうなのよ。私、小学校五年のとき、一度だけ田代さんと家の近所でたこ焼きを食べに行ったの。

 そして、秘密にしておいてくれと言われたけど、その後田代さんの家にも行ったことがあったの」

 千尋は、初耳だったので目を丸くして聞いていた。

「なんとマスコミで騒がれていた田代組長が、みかんをもってきてくれたにはびっくりしたわ。

『よく来てくれたな。結衣ちゃんと仲良くしてやって下さい』

 ニコニコしながら私に頭を下げて挨拶し、結衣にも

『これからもよろしくと挨拶しなさい』」

 結衣の家には、小さなキーボードがあったが、私、即席で結衣に小学校の校歌を弾いたの。結衣は私にも教えてとせがむから、私が結衣の手をとりながら教えたの。

 結衣のお父さんは、目を細めながら『静奈ちゃん、ワシにも教えてくれ』って言い出す始末だったわ。

 当時、田代組長は世間では悪の親玉とは暴力団のトップとか言われていたけれど、私がみた田代組長は目を細めてニコニコする優しい父親だったわね。

 私が弾いた伴奏で、結衣は校歌を歌ったわ」

 千尋は、なつかしさの余り、目を細めて歌いだした。

   ♪明るい明るい夢がある 希望の光 青い空

 たしかそんなメロディーだったわね。


 静奈は田代結衣との思い出話を続けた。

「実は私は誰にも内緒で、月二度、田代さんの家に行ってたの。

 だって、親に言ったら反対されるに決まってるからね。

 田代親分は、家の中でさえいつも五人の子分に囲まれていた。

 そして、田代親分の妻であり、結衣の育ての母親でもある京子姐さんは、子分に小学校四年程度の漢字や分数を教えたりしてたわ。

 田代親分って、まるで恩人のように子分に慕われていたのよね」

 千尋は、想像もできない別世界のできごとを、ただただ目を丸くして聞いていた。

「ある日、田代親分は結衣の目の前で、身の上話をしてくれたの。

 ちょうどテレビで、改造バイクと派手な革ジャンを身にまとった暴走族のニュースがでていたのを見たときだったわ

 田代親分は怪訝そうな顔で

『あいつら、親もいて、帰る家もあって、学校にも行かしてもらってるのに、なんで夜中に爆音をたててバイクを乗り回すなんて無茶なことをするんだ?!』」

 それから、田代親分は京子姐さんのだしてくれたブラックコーヒーを飲みながら、しみじみと昔話を語りだしたの。

 実は田代親分は、四国出身であり、不倫で身ごもった子供だったという。

 産みの母親は五歳の時に亡くなり、親戚に預けられたが、そこでひどい虐待、いや奴隷扱いされたという。

 小学校にも行かせてもらえず、背中に重い荷物を背負って山を越えるなんていう過酷な重労働をやらされていたの。

 そののち独自で勉強して、読み書き、計算ができるようになり、自ら新事業を始めたが、その近くの喫茶店で知り合ったのは、現在の京子姐さんだったというわ。

 どちらも親の愛情を知らずに育ったという。

 京子姐さんは十四歳のとき、客として来店していた田代組長と、一緒になることを決めたんだって」

 千尋は、静奈の話に魅入るように、聞き入っていた。

 今までメディアでも体験したことのないような、別世界の話。

 現在は、極道もののDVDも流行らなくなってきている最中、千尋の話は貴重だともいえる。


 目を丸くして話に魅入っている千尋に気をよくしたのか、静奈は話を続けた。

「結衣は、中高一貫のお嬢様学校に行ったけど、その後でも私はときどき、結衣の家に行ってたの。

 中学のとき、初めて甲子園でかち割り氷の販売をするアルバイトをしていたのを聞いたとき、結構ポジティブだと思ったわ。

 しかし、反社組が大きくなり、田代組長の名前が有名になるにつれて、結衣に対する偏見も大きくなっていったというわ」

 親の因果が子に報いというが、結衣は苦労を背負って生きるしかないのだろうか。

 千尋は、小学校時代、たまにみせる結衣の笑顔が消えないことを願った。

 静奈は少し深刻な表情で話を続けた。

「結衣は、女子高ながらボーイフレンドができたの。

 最初は本名ではなく、京子姐さんの旧名をつかってつきあってたの。

 でも、本名を言うと、去って行くと言ってたわ。

 なかには『田代なんて関係ないよ。君は君自身の人生を歩めばいい』とは言いながらも去っていく。

 これからは、目に見えない世間という敵と闘いながら生きていかねばならない。

 だから、この頃から結衣は京子姐さんの勧めで、田代御殿と言われていた田代家に友達を招待してたというわ。

 さしずめ私がその第一号ね」

 千尋は、救いを感じた。やはり結衣は両親から愛されていたのだったな。

「京子姐さんは、料理はプロ級で、ときおり手作りのチャーハンを食べさせてくれたの。出汁の味がきいていて、とろろこぶの乗った和風チャーハンだったけど、ホント、美味しかったわ。

 でも私が一度、タトーのシールを腕に貼ったのを見て

『あんた、女ヤクザを襲名したんか』と少々叱られちゃった」  

 千尋は驚きながら、チャーハンにとろろこぶとは初耳だな。私もつくってみようかな。

 その後、京子姐さんは声をひそめ

『さっきはごめんね。結衣ちゃんがヤクザのわけないよね。

 まあ、産まれたときから刺青を背負っている人もいないけどね。

 ねえ、私の悩み聞いてくれない?

 これは、誰にも言えないことなんだけどね、私たちの稼業って緊張したりビビったり、ときには恐怖を感じることが多いじゃない。

 だから一年前から失禁に悩まされてるの。いい治療法ないかな?』

っていう下世話な相談だったわ」

 千尋は答えて言った。

「反社の人って、弱みを見せられないじゃない。周りはみんな敵だというわ。

 だから、病気もちの人が多いというのは、本で読んだことはあるわ。

 その最たるものが覚醒剤だけどね。

 もしかして、京子姐さんは静奈に救いを求めてたんじゃないかな」

 静奈は答えた。

「実は私の母も、悩まされてたことがあったんですよ。

 そこで私も試したみた方法として、仰向けに寝て膝を折り、腰を上げる。

かかとを90度にくっつける。

そして、息をすいながら肛門をしめること30秒、いや最初は20秒でいいわ。

それから息を吐きながら、腰を落とすがこのときも、肛門はしめたまま。

 このとき、腰を上げ下げしなければ意味がないですね。

 この方法は、80歳の男性でも効果があったそうですよ。

 このことを言うと、京子姐さんは急に涙を浮かべながら言ったわ。

『結衣ちゃんもいい友達ができたものね。

 これからも、仲良くしてあげてね』

 私、それを聞いたとき、結衣を支える義務があるなと感じたわ」

 千尋は感動して言った。

「わあ、美しい青春友情物語。いや、それ以上の家族愛も感じたわ。

 私も応援したくなっちゃった。

 静奈って昔から、世話やきの部分があったものね」

 千尋は話を続けた。

「結衣の家にいくたびに、京子姐さんは味噌汁をごちそうしてくれたわ。

 煮干しのきいた味が美味しかったので、私は真似してつくってみたの。

 母親は喜んでくれたけどね。

 結衣の家には、その当時、離婚したばかりで学校ともうまくいかず、行き場のない子もときどきいたわ。

 京子姐さんは、その子が荒い言葉遣いをすると、叱り付け、敬語を教えたりしたわ。反社の世界って上下関係がはっきりしているからね」

 千尋は答えた。

「なかには親が外国人で、敬語の使い方を知らないなんていう子も増えてきているというわね。

 だから、通信制高校も日本語教育中心の学校もあるというわ。

 そういえば、私の友達といっても、キリスト教の伝道師だけどね、8歳のとき、母親と韓国から日本語もわからないまま、来日したの。

 わかるのは、2+3などの簡単な計算だけ。

 そののち、日本語学校に行って三年で日本語ペラペラになったけどね」

 静奈は眉をしかめ、暗い表情で言った。

「今の時代は韓流ブームでそうでもないけど、昔はいじめにあったんじゃない」

 千尋は、共感して言った。

「そうねえ。彼、その当時、播(ばん みょんほん)って名乗ってたの。

 だからかな。中学一年のときは『祖国へ帰れ』と殴られたこともあったというわ。

 また、友達に家に呼ばれたとき『悪いけど、オレのおかんが家に連れてくるのは遠慮してくれと言ってるんだ。ごめんな』と言われたこともあったというわ。

 彼、傷ついたけど、キリスト信仰があったから、悪い方向には走らなかったみたいね。また幸い、下戸でいくら勧められても酒は一滴も飲めない体質だったこともラッキーだったわ。

 後に彼は、進学校を卒業し、牧師を目指して全寮制の神学校を卒業したわ。

 神学校では、学年リーダーだったんですって」

 静奈は思い出したように言った。

「そういえば、貰い物の聖書のなかで、こんな言葉が飛び込んできたわ。

『まことにまことにあなた方に告げます。イエスキリストを信じ、敬虔に生きる者は誰でも皆、迫害を受けます(第2テモテ3:12)』

 まあ、いい人が好かれ、悪党が嫌われて疎外されるなんて保証はどこにもないけどね。たとえば世話をした挙句の果て、恩を仇で返す人もいるし、悪党にだまされ、言いなりになってしまう人もいる。

 聖書にかいてあることは、真実ね。

 現実に私は小学校のとき、洋服を貸してやるという誘いを断ったばかりに、グループから総スカンを食ったことがあったわ。

 あの時代は、しゃべりが多くて、しゃべり=愛想のいい善人にちがいないという時代だったものね。

 まあ、結衣が味わった苦労とは比べものにはならなかったけどね」

 

 

 

 

 


 

 

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